医療不信時代のがん対策、「食生活の改善」に説得力

予防・治療に不可欠なデータ

標準治療以外にも目を向ける

 国民2人に1人が罹患(りかん)し、3人に1人の死因になるがんは、まさに「国民病」である。目覚ましい医療技術の進歩、豊富な新薬の開発で、検査・治療の選択肢が、かなり広がっているのに、患者は増え、闘病むなしく亡くなる人が減らない。

 しかも、年間40兆円を突破した国の医療費は2025年に50兆円を超えると予想されている。医療費の上昇は高齢化の影響が大きいが、現状を見れば、もしかしたら日本のがん治療は間違っているのではないか、と少なからぬ人が疑問を抱いているだろう。

 月刊誌6月号にはがん対策や高齢化をテーマにした特集が並ぶ。「中央公論」の「『がん死亡』 衝撃の地域格差」、「Voice」の「『高齢格差」を生きる」などだ。これも国民の間に広がる医療不信を反映しているのだろう。

 これらの中で、とくに興味深いのは「中央公論」に載った「がん死亡率 全国2次医療圏別全リスト」だ。この論考は東京大学公共政策大学院医療政策教育・研究ユニット(HPU)と、医療介護総合データベースの運営会社・ウェルネスが共同で作成した「全国地域別・病床機能情報等データベース」を基に、国際医療福祉大学大学院教授の植岡健一が執筆したもので、がん死亡率に大きな地域格差があることを示している。

 一般的に1次医療圏は市町村、3次医療圏は都道府県全域を意味する。2次医療圏は1次と3次の間にあって、手術や救急などの一般的な医療が域内で完結できる地域で、全国344カ所ある。例えば、男性の全がんで死亡率ワーストは、1位は津軽地域(青森県)、2位能代・山本(秋田県)、3位下北地域(青森県)などとなっている。一方、長野県のいずれの地域も成績上位に入った。

 がんの死亡率が高い要因として考えられるのは①飲酒・喫煙、食生活②検診率の低さ③病院の治療に問題がある――の三つだ。前述のデータに加えて、それぞれの医療圏で、この三つの要因についてデータ化し死亡率との相関性が明らかになれば、具体的な対策案が出てくるはずだ。ただ、上記の三つに加えて、ストレスも大きな要因と考える専門家が少なくないから、それも加えて分析した方がベターだと思われる。

 このように、複数の要因が絡み合って発症すると考えられるがんにおける予防・治療では、専門家でも意見が分かれるから、素人の考えは混乱する。国立がん研究センターは26日、全国の232カ所の医療施設でがんと診断された患者約31万人を調査した結果、「標準治療」を実施していたのは7割弱だったと発表した。

 同センターによると、「標準治療とは、科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療」だ。

 この言葉は、「一般的に広く行われている治療」という意味で使われることもあるようだが、基本的には、学会の主流が現時点での「最良の治療」と考えているものとみていい。しかし、この標準治療を実施した患者とそうでない患者の場合の詳細なデータを比較・検討しなければ、その優位性ははっきりしない。だから、この標準治療を否定し、がんの放置を勧める専門家もいる。

 その代表は、元慶応大学医学部講師の近藤誠。彼の「がんもどき」理論はすっかり有名になった。それを説明すると、がんには「本物のがん」と、放置しておいていい「がんもどき」があって、本物はがん細胞が生じてまもなく転移するので、手術しても手遅れ。そればかりか、下手に手術すると、患者の体力を奪うし、後遺症や合併症で、逆に命を縮める結果をまねきかねない。

 一方、がんもどきは、転移しないから放置すればいいのに、検診を勧めて手術を増やしている。いずれにしても放置しておいた方が長生きできるというのである。また、検診にも否定的だ。その根拠は、日本人の死因のトップががんであり続けていることだという。

 「中央公論」の特集で、作家で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實は、近藤とは逆に、検診を勧める。そして、長野県が平均寿命全国一を達成したのは、「そもそもあまり高度医療にはお金をかけてこなかった」からだという。では、何に力を入れたかと言えば、食生活改善などの予防活動だった。

 喫煙は、がんとの相関関係があることが知られている。「がん死亡率 全国2次医療圏別全リスト」で、ワースト10に入っている地域が多い青森県は喫煙率が高いが、長野県は低い。そのほかの地域でも、同じような傾向が見られる。こう比較すると、喫煙率を減らすことでがんを減らすことができるという考えは説得力を持つ。

 また、長野県は減塩運動も行った。青森県のように、冬に寒くなる地域は漬け物などをよく食べて塩分を多量に摂(と)ることで知られる。塩分は高血圧の原因となり、脳卒中を増やすほか、ピロリ菌を活発にして胃がんも増やすとされる。したがって、減塩運動はがんを減らすことにつながる効果が期待できる。

 だが、別の意見もある。研究・調査のためにグルジア(現在のジョージア)の長寿村に何度も足を運んだという医学博士の石原結實は「ストレスや生活習慣病が転じて、ガンに罹患(りかん)される方も年々増えています」と一般的な見方を示す一方で、「長寿村の人たちの食事は糖質中心で、塩気の多い食材を好んで口にします」「塩分イコール高血圧で体に悪い、というのは迷信ですね」と、常識に反する指摘をする(「Voice」=「ハングリー精神を取り戻せ」)。

 石原は次のように語る。「体温が低い状態は、われわれの健康や生命にとって有害」「そこで東北地方の人たちは、何十年も前から体を温めるために塩を大量に摂取してきました。塩には体温を上げ、血液を浄化する効果があります」。

 ただ、長寿村の村民たちは塩分を多く摂るだけでなく、果物を大量に食べている。そうすることで、「過分の塩分は、果物のなかのカリウムによって尿とともに捨てられます」。そうなると、同じ塩分を多く摂ったとしても、日本の東北地方の人たちが果物を大量に食べているかどうかを調査する必要が出てくる。

 もう一つ、興味深い論考が、特集「百歳まで生きる」を組んだ「文藝春秋」に載った。からすま和田クリニック院長の和田洋巳に、ジャーナリストの森省歩が取材し、まとめた「がん劇的寛解例に学べ」だ。和田も現在のがんの標準治療に疑問を持つ一人だ。

 京大病院時代、和田は肺がんの手術を「山ほど」やったが、その4割は再発した。「外科的にはがんを完璧に取り除いたはずなのになぜ治らないのか」との疑問を持ちつつ、手術を続けていたという。そして「今思えば、まさに医者の驕りでした」。

 だが、手術ができないような末期のがん患者の中に、劇的な寛解を示し、長期生存する例があった。その症例に偏見を持たずに、患者が何をしたのか科学的に調べて得た結論が、「食生活の改善」だった。

 例えば、乳房温存手術を受けて、2年後に肝転移が見つかってから和田のクリニックにやって来た35歳の患者の例。この患者はチョコレートなどの甘いもの、ヨーグルトをはじめとした乳製品を大量摂取していた。そこで、その食生活の改善を指導したところ、肝転移の影が消失したという。

 かつて長寿日本一だった沖縄県が、首位の座から転落したのは、米軍の影響で、食生活がハンバーグなど米国流になったからだと指摘される。がんをはじめ、健康悪化の要因に食生活が深く関わっているのは間違いないが、食生活の改善がすべてのがんの寛解につながるかと言えば、そう単純ではない。

 和田も「私のクリニックでも、劇的寛解を示す患者さんがいる一方で、薬石効なく亡くなっていく患者さんもまた少なくありません」と述べる。ただ、「亡くなるまでの患者さんのQOL(生活の質)は、標準治療を選択した場合よりはるかに良好であり、方向性はそれほど間違っていない」という。

 さまざまな要因が重なって発症し、一筋縄でいかないがんとの対峙(たいじ)の仕方は患者の死生観でも違ってくるのであり、標準治療に固執する医療従事者の姿勢では患者の要望に応えることはできないだろう。(敬称略)

 編集委員 森田 清策