「クロ現」報告、「やらせなし」の結論に疑問
「出家詐欺」を取り上げたNHKの報道番組「クローズアップ現代」でやらせがあったと指摘された問題で、NHKの調査委員会は過剰演出や事実確認の不備があったとする報告書を公表し、事実の捏造(ねつぞう)につながるやらせは行っていないと結論付けた。しかし、この結論には疑問が残る。
「過剰な演出」と指摘
やらせ疑惑のあった番組は、多重債務者が出家して戸籍名を変え、融資金をだまし取る詐欺を扱ったもので、昨年5月に放送された。問題となったのは、多重債務者がブローカーを訪ね、相談する現場を大阪放送局報道部の男性記者が取材したとされる場面だ。
ブローカーとされた男性は「自分はブローカーではなく、記者の指示で演技をさせられた」と主張している。報告は取材が不十分だったと認定したが、「記者から具体的な指示などはなかった」として、やらせはなかったと判断した。
しかし報告によると、相談した2人と記者は撮影前にホテルのカフェに立ち寄るなどしていた。また、向かいのビルから隠し撮りのように撮影した相談場所には記者がいて、やりとりの内容を補足するよう求めるなどしていた。
多重債務者とされた男性は記者と8年前から面識があり、過去にも「NHKスペシャル」「関西クローズアップ」などの番組に匿名で出演していた。ところが、今回の番組では記者が初対面のようにインタビューする場面もあった。
調査委は「事実を伝えることよりも、決定的なシーンを撮ったように印象付けることが優先され、(NHKの放送)ガイドラインが求める基本的な姿勢を逸脱した過剰な演出が行われた」と指摘したが、やらせと断定しないことは疑問だ。
ガイドラインでは「事実の再現の枠をはみ出して、事実のねつ造につながるいわゆる『やらせ』などは行わない」としている。だが『広辞苑』には、やらせの意味について「事前に打ち合わせて自然な振る舞いらしく行わせること、また、その行為」と書かれている。これは記者の行動に当てはまるのではないか。「捏造でなければやらせではない」という結論は短絡的だと言わざるを得ない。
報告で、なぜ記者が過剰演出を行ったかを解明していないことも物足りない。決定的な場面がなくても「再現シーン」などを用いる方法もあったはずだ。この程度の演出であれば問題はないとの意識があったとすれば改める必要がある。
報告を受け、NHKは記者を停職3カ月とするなど関係者15人の懲戒処分を決め、籾井勝人会長ら役員4人は報酬の一部の自主返納を申し出た。記者会見した調査委委員長の堂元光副会長は「反省すべき点が多々あり、再発防止に努めていきたい」と陳謝した。
信頼回復へ意識改革を
しかし、やらせについてNHKの認識に甘さがあれば今後も同様の問題が生じかねない。
NHKは受信料で成り立っている公共放送である。責任の重さを自覚し、信頼回復のために意識改革に努めるべきだ。
(5月9日付社説)