コロナ禍の恐怖 ゼロリスク信仰の裏返し

科学的リテラシー向上課題

 新型コロナウイルス禍による社会混乱が起きてから半年が過ぎた。多くの人に恐怖を与えてきた未知のウイルスだが、数々のデータが蓄積されて、その姿が次第に明らかになってきた。

 ほとんどの人は罹(かか)っても無症状か、発症しても、せき、発熱、味覚障害など、かぜのような症状で1週間余りで治る。27日現在、全国の感染者は約6万5800人、死者は1241人。致死率約0・019%。しかも、厚生労働省は6月18日付で、感染者が死亡した場合、死因にかかわらず全てのケースを報告するよう自治体に通知しているから、実際の死者数はもっと少ない可能性がある。

 一方、重症化リスクが高いのは基礎疾患がある人や高齢者で、この層への感染防止が対策のカギであることは明らかだ。マスクを着けて、いわゆる「3密」を避ける、小まめに手洗いを行い、大声で話すことを避けるだけでも、感染拡大はかなり防げると考えられている。

 だから、現状を過剰反応や集団ヒステリーと指摘するウイルスの専門家は少なくない。例えば、京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授の宮沢孝幸は「文藝春秋」9月号)の誌上対策会議「コロナ・サバイバル」で、「コロナウイルスは、発症七日目ぐらいになるとほとんどの場合、他の人に伝達されなくなります」と述べて、発症7日目で無症状でもPCR検査陽性となれば入院か自宅待機にするのは「無駄」と断じ、現在の感染防止策の見直しを訴えている。

 そんな声を聞くと、新型コロナは果たして本当に恐ろしい感染症なのかとの疑問を抱いてしまう。よく比較されるインフルエンザは、毎年3千人ほどが亡くなっている。半年の新型コロナによる死者を年換算すれば約2500人。冬場に増える可能性を考慮したとしても、インフルエンザと同じレベルの死者数だ。

 しかも、インフルエンザの場合、ワクチンのほか、タミフルなどの特効薬がある中での死者数だから、新型コロナの毒性はインフルエンザよりも低いとみることもできる。

 だが、いまだに不安を煽る人がいる。テレビに出演するコメンテーターにも、学者の中にもいる。「全国民にPCR検査をやって、感染者を積極的に把握し隔離しなければ大変なことになる」と。

 先月16日の参院予算委員会の閉会中審査で、東大名誉教授の児玉龍彦は「国の総力を挙げて(感染を)止めないと、ミラノ、ニューヨークの二の舞いになる。来月には目を覆うようなことになる」と訴えた。しかし、8月がもう終わろうとしているのに、ニューヨークの二の舞いになる気配はまったくない。それどころか、7月末には、東京の感染ピークは越えたとの専門家の分析もある。

 一方、4月には、北海道大学教授の西浦博が記者会見を開き、もし何もしなければ最大42万人が亡くなると警告して一躍時の人となった。ウイルスの特性が分からない時期のもので、計算上はそのような数字になるということなのだろうが、それにしても、現実に起きていることとの差のあまりの大きさに驚くほかない。

 視聴率稼ぎを狙ったテレビ・コメンテーターの発言はともかくとしても、学者・専門家の発言を、われわれはどう捉えたらいいのだろうか。

 この問いに対する答えを導き出す上で参考となる論考がある。認知情報論および科学基礎論を専門とする明治大学教授・石川幹人(まさと)の論考「氾濫する情報に惑わされないための心得帖。」(「」9月号)だ。

 その中で、石川は「今回、科学に対する一般の人の誤解も、改めて浮(う)き彫(ぼ)りになった。一般の人は、科学は常に正しく、科学者は常に正解が分かっていると思いがちだが、現在の科学で分からないことは山ほどある。むしろ分からないことを探求する営(いとな)みが、科学である」と述べている。

 最先端の研究であっても、その時点での仮説で、「後からそれが覆(くつがえ)されることはいくらでもある」というのだ。恐怖を煽る言説がメディアに取り上げられる一方で、ウイルスが弱毒化し致死率が低下したとの説や、「人は微量のウイルスに暴露されると、自然免疫だけで回復する、それが集団レベルで起こると、感染成立の閾値が集団で一時的に上がり、感染が一旦収束するのではないか」(宮沢)、「私たちの多くは、すでにコロナに感染して免疫を獲得している」(京都大学大学院特定教授・上久保靖彦=「何度でも言う。コロナは無症状の風邪です」=「WiLL」10月号)と、いわゆる「集団免疫説」を主張する専門家もいる。

 動物行動学的に言えば、人間には命を繋(つな)ぐために群れる習性がある。だから、群れることで安心する。赤ちゃんを産み育てる女性が協調性に優れているのは、群れやすくなるためだろう。感染防止のためとはいえ、外出や集会などが自粛されて群れることができなくなることは本能に反するから、不安やストレスが蓄積されているのである。

 そんな中で、石川は科学的な物の見方についての理解、つまり科学的なリテラシーの重要性を指摘するとともに、次のことも忠告する。

 「また、今回のような未曽有(みぞう)の危機には、もう一つ気をつけたいことがある。それは、声高(こわだか)に不安を煽る人に惑わされないことだ。危機時に声高に何かを主張する人は、大きな不安を抱えている。そういう人は自分の不安を解消するために、同調者を増やそうとする。自分の意見に追随する人が増えれば、安心できるからだ。危機時には、このような人が社会不安を大きくし、対立を生み出すことが多いので注意したい」

 読者の皆さんの周囲には、そんな人はいないだろうか。「ウイルスは何十億年も前から地球上に存在する自然界の一部であり、人類が完璧(かんぺき)にコントロールすることはできない」(石川)のに、過剰に感染防止を求める心理、つまりゼロリスク信仰が不安を増大させているのかもしれない。

 こうした人間の心理を利用しようとする政治勢力もある。国際関係論を専門とする東京外語大学教授・篠田英朗は「PCR検査をむやみに拡大させたい人たちと政治的な左派、これが重なっている……最近は『反安倍派』が意図的に混乱を助長していることが明らかになってきたのではないでしょうか」(「日本のコロナ対策はベストだった」=「WiLL」)。安倍晋三首相の持病悪化は、左派による混乱助長と無縁と言えまい。

(敬称略)

 編集委員 森田 清策