石垣市自治基本条例の「正体」 現代版ソビエトづくりが狙い
《 沖 縄 時 評 》
「地域の憲法」名乗り反基地闘争 起源はロシア革命に
沖縄県の石垣島は県庁所在地の那覇から410キロの南西に位置し、台湾からは270キロ。唯一の自治体、石垣市は尖閣諸島を所管しており、防衛上の要衝だ。その石垣市で昨年12月、市議会定例会で自治基本条例の存廃をめぐって攻防が繰り広げられた。
自民系与党市議らが同条例廃止案を提案、これに対して革新系が猛反発。沖縄本島の左派メディアが革新系の“援軍”に加わり廃止案反対キャンペーンを張り結局、10対11の僅差で廃止案は否決された。沖縄タイムスは「石垣の憲法守られた」(12月17日付)と喝采を挙げた。いったい自治基本条例は何なのか。
条例の起源は実にロシア革命まで遡(さかのぼ)る。ツアー・ロシア(ロマノフ朝)は1917年の革命で幕を閉じたが、多くのロシア国民にとっては想定外だった。革命勢力=ボリシェビキ(ロシア共産党)は少数勢力にすぎなかったからだ。
革命の秘訣(ひけつ)は「ソビエト」だ。ソビエトとはロシア語で会議・評議会をいう。05年1月の「血の日曜日事件」を契機にイバノボ市で最初にソビエトがつくられた。政府や国会などの正規の組織とは別に労働者サイドで組織されたのがソビエトだ。それ以降、「全ての権力をソビエトへ」をスローガンに職場や大学、地域で組織された。
政府以外に実力組織をつくる「二重権力」が革命の原動力で、レーニンの率いるボリシェビキは10月革命を経て、「ソビエト連邦」と名乗る共産国をつくった。
それ以降、共産主義者は「二重権力」づくりに固執した。60年代には革新自治体のリーダー、飛鳥田一雄・横浜市長(後に社会党委員長)は、北朝鮮を訪問し「都市を占拠する(革新自治体をつくる)ことによって国家権力を包囲してしまう。独占資本は都市を支配しなければ維持できません。そこを占拠し中央政権を包囲する」と豪語した。
だが、革新自治体ブームは終焉(しゅうえん)し、自治体のソビエト化が挫折。そこで伊藤三郎・川崎革新市長は73年に「川崎市都市憲章条例原案」を作成した。「戦争を目的とする施設、平和に反する施策は認めない」とうたい、「市民および市は、自治権を不当に侵害する行為に対して抵抗する権利を有する」と抵抗権まで設けた。抵抗権があれば(ボリシェビキ的)闘争を正当化できる。まさに「二重権力」だが、議会が否決した。
次いで神奈川県逗子市の富野暉一郎市長が92年に「厨子市都市憲章条例(試案)」を作成。全ての条例に対し「優先する法的地位を有する」と最高法規と宣言する内容だが、これも成立しなかった。
◆市民委に絶対的権力
2000年に地方分権一括法が施行されると、住民を地方自治に参画させる理念や仕組みを定める「地域の憲法」が必要だとして自治基本条例が登場した。唱えたのは左翼学者で「市民自治」を掲げる松下圭一・法政大学名誉教授。イタリア共産党のアントニオ・グラムシの「ヘゲモニー論」などを踏襲し、国家の解体による「市民自治」を目指そうとした(『市民自治の憲法理論』岩波新書)。
これに呼応したのが北海道ニセコ町の逢坂誠二町長(現衆議院議員=立憲民主党政調会長)で、01年に全国初の自治基本条例を制定。それ以降、自治労(全日本自治団体労働組合)が音頭を取り、革新系の強い地域で制定された。
09年に民主党政権が誕生すると、逢坂氏は鳩山政権で地域主権担当の首相補佐官、菅政権で総務大臣政務官となり、自治基本条例の旗を振った。石垣市で同条例が制定されたのは同年12月。革新系の4選市長、大浜長照氏は「市政私物化」「女性暴行疑惑」を批判される最中に条例案を提案、革新系が支持し成立した。
本来、地方自治は国家に属するので最高規範は憲法である。憲法は地方自治の運営や管理、行政を執行するために「法律の範囲内で条例を制定することができる」(第94条)とし、法律を無視した条例を認めない。ましてや条例の最上位に位置する条例は問題外だ。
ところが、自治基本条例は「地域の憲法」と称し、他の条例や施策を拘束する。市民委員会を常設させ、それに絶対的権威と権力を与えようとする(つまりソビエトだ)。委員は住民参加の名の下に「公募市民」を中心に据え、「市民」の定義を広げて選挙権がなくてもプロ市民(左翼活動家)が公募できるようにする。
石垣市の場合も「市政運営の最高規範」(第38条)とうたい、市民は「市内に住み、又は市内で働き、学び、若しくは活動する人」(第2条)と文字通り活動家も市民とする。条例を審議した09年12月定例議会で大浜市長は「市民委員会というのは必要不可欠」(同12月9日)とし、革新系議員は「市民委員会の立ち上げを行い、これまでの行政と議会の二極化から市民参加を加えた三極化する」(宮良操議員、同日)と市民委員会の設置を求めた。
憲法が定める市長と議会の二元的機能から3極化させるのは、まさに新たな権力をつくることを意味する。それこそソビエトづくりである。さすがにこれは拒まれ、設置は見送られた。
◆形変えた「二重権力」
だが、住民投票を常設化させる、もう一つの陰謀はまかり通った。有権者の4分の1の連署で住民投票の実施を請求することができるのだ(第27条)。4分の1の少数派が「住民投票」を乱発できる仕組みで、選挙で選ばれた行政や議会の熟議を真っ向から否定することも可能だ。形を変えた「二重権力」である。
大浜氏は10年2月の市長選で落選、自民・公明が推す中山義隆氏が当選し、保守系が石垣市政を奪還したが、「ソビエトづくり」の自治基本条例は残されたままだ。ここが問題である。
実際、左翼勢力は中山市長の陸上自衛隊配備計画の受け入れに反対し、18年12月に住民投票を要求。これに対して市議会は昨年2月、市長提出の住民投票条例案を否決、6月にも議員提案の条例案を否決。これに対して革新側は昨年9月、自治基本条例を根拠に市に住民投票の実施義務付けを求めて那覇地裁へ提訴した。
共産中国の軍事侵出には沈黙し、自国の安保には猛然と反対する。自治基本条例はその隠れ蓑(みの)だ。だから全国の自治体で同条例を制定したのは約2割にすぎない。大半の自治体はその正体を見抜き制定しない。自治基本条例は百害あって一利なし。廃案が妥当だ。
増 記代司