金正恩の影
『荘子』(中国戦国時代の思想家で、道教の始祖の1人とされる荘子の著書)の漁夫編に影の話が登場する。
「ある人が自分の影に怯え、自分の足跡がつくことが嫌で、これを取り去ろうと走り始めました。男が足を踏み動かせば動かすほど足跡は多くなり、速く走るほど影は彼の体にぴったりとついてきました。自分が遅く走っているためだと考えた男は休まずに走り続け、とうとう気力が尽きて死んでしまいました」
この寓話から出てくる故事成語が「影不離身」だ。力ずくで影を取り去ろうとするように、本質はさておいて虚像に執着する愚かさを表している言葉だ。
影の特徴は実体と分離することができない点だ。実体と一体であるため、影を見れば実体の正体を知ることができる。仏教の昔の禅僧たちが「体の姿勢が美しければその人の影も自然に美しくなる」と説破したのはこのためだ。フランスの哲学者ブレーズ・パスカルも「体を曲げると影も曲がる」と述べている。
北朝鮮のナンバー2、金与正朝鮮労働党第1副部長は金正恩労働党委員長の影だ。彼女は影のように兄の正恩に付き従っている。金与正は最近、北朝鮮に向けたビラを散布した脱北者たちを「クソ犬」「ゴミ」と呼んで悪口を言い放った。今年春には青瓦台(大統領府)に対し、「完璧なバカ」「怯えた犬」という言葉の爆弾を撃ち込んだ。それも彼女だ。
金正恩の影は南側(韓国のこと)でも見え隠れしている。白頭血統(北朝鮮の建国者、故金日成主席の直系子孫のこと)に影のように従う輩(やから)だ。彼らは金正恩は偉人だと称賛し、ソウルのど真ん中で集会を開く。“金与正ファンクラブ会長”になると名乗りを上げた政府与党の実力者も何人かいる。実際の金正恩の性格は影の曲がった言行にはっきりと表れている。それでも(文在寅)大統領は「率直、淡白で礼儀正しかった」と持ち上げる。かつてわが国で一度も経験したことのないことばかりだ。
寓話で荘子は漁夫の口を借りて、言葉を続ける。「わざと親しそうなふりをする人は、たとえ笑っても人を楽しませることはできない。真実は誠の極致なので誠を尽くさなければ人を感動させることはできない」。誠が抜けた“ウソの真実”が永遠に持続することはあり得ない。影の虚像だけを追い求める者の末路は、荘子が既に断言しているではないか。
(6月9日付)
※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。