凶悪犯罪が深刻なリオデジャネイロ

治安権限の軍移管から1カ月

 2016年夏季五輪の開催地ブラジル・リオデジャネイロで、州の治安権限が警察から軍に移管されてから約1カ月がたった。「犯罪組織を撲滅する」(テメル大統領)ための非常事態だが、徹底した取り締まりや一時的でも軍が権限を握ったことへの懸念も出ている。(サンパウロ・綾村悟)

人権尊重との両立が課題

 世界有数の観光都市として美しいビーチと景観を誇るリオデジャネイロ。「リオのカーニバル」でも知られるが、近年は治安の悪化に苦しんでいる。

800

治安維持に当たるブラジル軍の身体検査を受けるリオデジャネイロ市民(ブラジル通信)

 特に、近年はファベーラ(貧民窟)を根城とする犯罪組織の構成員が起こす凶悪犯罪が増えただけでなく、対立組織同士の抗争が激化。リオデジャネイロ州での凶悪犯罪による死者数は、1日当たり18人にも上っている。

 日本では殺人事件による死者数が年間300人前後で推移している。これに対し、人口1500万人のリオデジャネイロ州は、ほんの2週間程度で1億人以上が住む日本全体の殺人事件による年間死者数を超えてしまう。同州の凶悪犯罪発生率がケタ違いであることが分かる。

 凶悪犯罪の増加に拍車を掛けたのが、州財政の悪化と麻薬流通量の増加などによる犯罪組織同士の抗争だ。

 南米初の夏季五輪誘致に成功したリオデジャネイロだが、膨大なインフラ投資は州財政に重くのしかかり、そこに資源安を発端とした経済危機が加わった。財政赤字に苦しむ同州は昨年、財政非常事態を発表した。その結果、警察官を含む公務員への給料遅配が増え、地元の治安当局が要請していた装備や待遇改善は後回しとなった。

 先月開催されたリオのカーニバルでは、警察支援を目的とした国軍部隊投入にもかかわらず、多くの観光客が強盗などの被害に遭い、警察官も3人が殉職した。

 同州では、昨年だけで134人の警察官が命を落としている。犯罪組織が麻薬密売で得た資金で重武装する中、治安関係者は犯罪組織や凶悪犯との銃撃戦に文字通り命を懸けている状況だ。

 こうした中、テメル大統領は先月16日、同州の治安権限を全面的に軍に移管する大統領令に署名した。治安部門トップには、リオ五輪で治安部門の責任者を務めた陸軍のネト将軍が指名された。テメル大統領は「犯罪組織が(リオデジャネイロを)がんのようにむしばみ、乗っ取っている」と述べ、犯罪組織に断固とした対応を取ることを明らかにした。

 現在は陸軍が州政府よりも強い治安権限を持っており、警察機関も陸軍の作戦下に置かれている。ブラジルで軍が州政府よりも強い権限を持ったのは、軍政が終わり民政に移管した1985年以来のことだ。

 ブラジル政府は今年に入って治安省を新設、国内の治安改善に本格的に取り組んでいる。ただし、治安省の初代大臣にジュングマン前国防大臣が就任したことや、リオデジャネイロの治安トップに現役の陸軍将軍が就いていることなどから、軍部の人材に偏り過ぎていることへの懸念が出ている。

 また、リオデジャネイロ市内では、特にファベーラを中心に徹底した身体検査や職務質問が行われており、住民からは「人権侵害ではないのか」との不満の声が上がっている。

 先月末には、リオ五輪の柔道女子57㌔級で金メダルを獲得したラファエラ・シルバ選手が、市内で職務質問を受けそうになる事件があった。警官側がシルバ選手だと気付き、同選手はそのまま解放されたが、この事件は図らずも、黒人系ブラジル人に対する人種的偏見も混じった治安対策が行われているのではないか、とのメディア報道につながった。

 国連人権高等弁務官事務所のラアド高級弁務官は7日、陸軍が治安維持とはいえ州政府を超えた権限を持ち、かつ警察を指揮下に置くことに懸念を表明。ラアド氏は「国軍は捜査や治安維持などの訓練は受けていない」と指摘し、ブラジル政府に市民の人権が尊重されるよう要請した。

 国軍への治安権限移行は今年末までが期限となっている。リオデジャネイロの治安回復に向けた戦いは、国軍投入という前例のない環境で、犯罪組織撲滅と人権尊重の両立という課題を突き付けられている。