児童虐待で“連鎖”煽る戦後の価値観に迫れなかった「深層ニュース」
◆リスクを「過小評価」
昨年度に児童相談所が対応した子供に対する虐待件数が12万件を超え、過去最悪となった。記録の残る1990年度以降、26回連続して記録を更新しているのだから、この社会の病理現象の深刻度は誰でも分かりそうなものだ。しかし、政府の対応は鈍い。この問題のリスクに対する認識がまだ十分社会に伝わっていないのだ。
先月23日放送のBS日テレの時事討論番組「深層ニュース」は冒頭の統計の発表を受け、児童虐待をテーマにし、ゲスト出演した専門家はリスクへの「過小評価」を訴えた。しかし、その過小評価を生む背景について言及できなかったところに、問題の根の深さが表れていた。
「日本は虐待を過小評価している。2012年のデータで、社会的なコストは1・6兆円。毎年これだけの被害を与えている。それにもかかわらず、少ない人数で対応している」
番組でこう発言したのは、ゲスト出演者の一人、花園大学准教授の和田一郎氏。かつて児童相談所に務めて虐待に対応してきた経歴を持ち、この問題を熟知している。
前述のコメントに加え、和田氏は日本の児童福祉士が3200人に対して、米国は3万4000人。関連予算についても、米国は日本の30倍もある、と指摘した。日本と米国では人口が違えば、虐待被害の数も違うのだから、単純比較はできないが、虐待のリスクに対する認識が日本で甘過ぎるのは間違いない。
◆社会的なコスト拡大
「虐待を行う親御さんを取材すると、非常に孤独な子供時代を過ごしている。そうした人は、子供を亡くしてしまうケースが多い。性被害に遭われても、誰にも相談できずにやり過ごしてきた」
こう語ったのは、もう一人のゲスト出演者の杉山春氏だ。虐待事件の取材を続け、虐待の現状を目の当たりにしているルポライターだ。
和田氏も「逆境的体験と言われるものがある。親に離婚歴や逮捕歴がある。虐待を受けたとか。そのような体験を受けた方々は長期的に見て、将来生活保護に陥りやすい、心臓疾患になりやすい、精神疾患になりやすいとかということは大規模調査で分かっている」と強調した。
つまり、虐待の加害者である親は、実は子供の頃に虐待の被害者だったというケースが多いのである。これが、いわゆる「虐待の連鎖」だ。他者への信頼感を持てない人間が家庭を持っても、安定した家庭生活を営むことは難しく、家庭内暴力や子供への虐待の危険性が付きまとう。
虐待の被害者は自分の子供を虐待するといった固定観念を持って見るべきではないが、そのリスクが高いことは否定しようのない事実である。そうなると、和田氏が指摘した社会的なコスト「1・6兆円」は、放置しておけば今後どんどん拡大する懸念がある。番組はこの点も強調すべきだったろう。
◆結婚観への言及なし
では、拡大し続ける虐待被害をどうやったら減らせるのか。当然、番組の議論もそこに向かって進められた。和田氏は「予算が少ない」と訴えた。虐待の連鎖に歯止めをかけるにしても、予算がなければ人材も投入できないというのは当然だが、連鎖を誘因する風潮がある。2人ともその点についての言及がなかった。
つまり、戦後の結婚観の問題だ。個人主義の価値観の中で、当人同士の幸せばかりが強調され、生まれてくる子供への責任が軽視されてきたことが、安易な結婚や男女の性関係を横行させ、その弊害が児童虐待となって社会をむしばんでいるのだ。
だが、個人主義を肯定的に捉える社会の中で育った人間が「親を孤立させない」とは言えても、個人主義を煽(あお)ってきたテレビの番組で、その価値観に切り込むのはかなりの信念の持ち主でなければできないことで、残念ながら2人からは結婚観への言及はなかった。また、政治家が結婚感について言及するのはタブーである。この社会構造が虐待のリスクを直視することを阻んでいるのだ。
(森田清策)