メキシコ国境の壁、性急な決定が懸念される


 トランプ米大統領は不法移民の流入を防ぐため、メキシコとの国境沿いに壁を建設するよう命じる大統領令に署名した。

 壁の建設はトランプ氏の公約である不法移民対策の目玉とも言える。対策強化は理解できるが、メキシコ側とろくに話し合いもせず、性急に決定したことには懸念が残る。

 米墨首脳会談が中止

 壁の建設に当たっては、莫大な工事費用や国境地帯の複雑な地形などの難問もある。特に、総工費は最大で250億㌦(約2兆8000億円)に上るとの試算も出ている。

 トランプ氏は「メキシコに全額負担させる」としている。また、メキシコをはじめとする貿易赤字相手国からの全輸入品に20%課税し、その税収を壁建設に充てる構想を持っているとの大統領報道官の発表もあった。だが、本当にこうしたことが可能なのか。一方的な対外政策は反発を招くだけだ。

 メキシコのペニャニエト大統領は「壁の費用は払わない」と明言。さらに米国が壁建設を決めたことに対抗し、今月末に予定されていたトランプ氏との首脳会談を中止すると発表した。

 米国の調査機関によれば、メキシコからの不法入国者数は2009年に640万人に上ったが、14年には580万人に減少。増加傾向にあるのは、ホンジュラスなど中米諸国からメキシコを通って米国入りするケースだ。ペニャニエト氏は中米からの不法入国に対処するため、米国との関係強化を目指していた。だがトランプ氏は、壁建設の大統領令でペニャニエト氏の面目をつぶした形だ。

 トランプ氏はメキシコからの不法移民を「婦女暴行犯」と呼び、メキシコ国民の間では「反トランプ感情」が高まっている。トランプ氏は自国の利益を最優先する「米国第一主義」を掲げているが、隣国を挑発するような言動が米国の安定に結び付くとは思えない。

 経済面でも、目先の利益を求めるかのような姿勢が気に掛かる。トランプ氏は環太平洋連携協定(TPP)からの永久離脱を決定。2国間の自由貿易協定(FTA)を通商政策の軸に据え、日本に対しては基幹産業である自動車貿易で圧力をかける構えだ。

 日本としては、米国とFTAや経済連携協定(EPA)などの交渉に応じることも視野に入れている。だが、一番望ましいのは安全保障面でも中国を牽制する効果のあるTPPだろう。

 安倍晋三首相は「米国抜きのTPPは意味がない」と一貫して訴えてきたが、米国以外の11カ国で結束してルールをつくって米国を引き戻すことも含め、TPP復帰への働き掛けを継続する必要がある。

 日米や地域の安定目指せ

 マティス米国防長官は来月初め、日本と韓国を歴訪する。日米韓3カ国の安全保障協力の強化が期待される。安倍首相とトランプ氏の首脳会談も来月10日に行われる。

 トランプ氏は大統領選で在日米軍駐留経費の日本側負担増を主張したが、日米両国そしてアジア太平洋地域の安定や繁栄につながる外交・安保政策を進めてほしい。