ウズベキスタンへの知的支援

柏木 茂雄慶應義塾大学特別招聘教授 柏木 茂雄

高まる日本への期待
財政金融分野で人材育成

 米国のトランプ次期大統領による外交政策は米国とロシアのバランスを変化させ、世界中に地政学的影響を及ぼす可能性がある。特に9月初めにカリモフ大統領を失ったウズベキスタンへはどのような影響が出るのだろうか? 筆者は11月中旬、同国の首都タシケントを訪れる機会があったので、その際見聞した様子を紹介したい。

 ウズベキスタンは1991年のソ連崩壊、独立以来、順調な経済成長を続けている。外交的にはロシア、米国、中国と微妙な距離を保ちつつ、経済の面では改革開放路線を意図的に取らず漸進主義的な政策を遂行するなど独自の外交・経済政策を展開してきた。これを独立以来引っ張って来たのがカリモフ大統領である。

 同大統領は多くの国から支援を受け入れてきたが、人材育成面では独立直後から我が国に大きな期待を寄せていた。我が国の経験に学びたいという気持ちとともに、地政学的なバランスから見て覇権的野心のない我が国に期待したためである。

 これを受け、我が国も積極的に同国への知的支援を進めてきた。例えば財政金融分野では、人材育成を目的として96年に発足した政府機関である金融財政アカデミー(BFA)に対して、財務省財務総合政策研究所が支援を行ってきた。具体的には非常勤の第1副院長を派遣してBFAの教育・管理面でアドバイスを行うとともに、同国の発展への貢献を期待して一部の学生を東京に招き、我が国の制度、政策、経験を学ぶ機会を提供してきた。

 本年はBFAの設立および我が国の支援開始から満20年に当たる。10月に予定されていた20周年記念式典は大統領の逝去により延期となったが、特別講演会を実施してほしいとの要請が筆者にあり、11月中旬、3日間で合計5回の講演を実施してきた。

 講演ではグローバル経済と同国との関係、税制および金融市場が果たす役割、自分で考え自分の意見を持つことの重要性等について分かりやすく語った。学生は目を輝かせて聞き入り、活発に的確な質問を英語でする等、学びたいという熱心な姿勢が伝わってきた。このような支援が長い目で成果を上げることを期待したい。

 滞在中、旧知の政府関係者や国際機関関係者等と意見交換した。ここ数年来、ポスト・カリモフがどうなるかが噂(うわさ)の対象とされてきたが、その進み具合を実際に見聞できる貴重な機会となった。前大統領の逝去後2カ月以上が経過した街は落ち着きを取り戻し、逆に大統領選挙の真っ最中という雰囲気もあまり感じられなかった。ポスト・カリモフは少なくとも表面的には淡々と混乱なく進んでいる様子であった。

 カリモフ逝去直後に大統領代行に就任し、12月4日の選挙を経て正式の大統領に就任したミルジョエフ前首相に対しては好意的な意見が聞かれた。長らく首相を務め農業政策を専門としてきたため国内的基盤が強い一方、対外関係の経験が少なく海外での知名度が低い点が懸念される。しかし、オープンな人間で話好き、地方を良く歩き回り人々の生活感覚をよく理解しているとみられており、カリモフとは違った意味で人気の高いリーダーとなりそうだ。

 政策も現実的で実現可能な政策を遂行すると期待されている。同国はこれまでの漸進的な経済改革により安定的な発展を遂げたが、近年、高いインフレ率、競争力の低下、雇用問題の深刻化等の難問に晒されている。今後、民営化や政府規制の削減等、大胆な構造改革の加速化を期待したいが、あまり多くは期待できないかもしれない。

 外交政策の見極めは難しい。前大統領が個人的に近隣諸国のリーダーたちと不仲であったため近隣との関係が悪化していたが、新大統領は早速関係改善のための具体的措置を講じている。この地域にとってこの点は重要であり、大いに期待できる。

 これまで米露中と一定の距離を置いてきた同国の外交政策がロシア寄りになるのではないかとの意見もあったが、変化が現れるとしても徐々になるであろう。米国次期政権の対ロシア、対中央アジア政策が明確でない現時点では不透明要因が多く、今後の展開を注意深く見守る必要があろう。

 むしろ地政学的バランスが不透明になると予想されている時期にこそ、我が国への期待は一層高まるとも言える。この地域には中国、韓国も商業的観点から大いに関心を示している。いずれは我が国にもそのような展開を期待したいが、当面は先方の期待に応えつつ地道に人材育成に重点を置いた支援を推進する等により、存在感を発揮していく必要がある。

 かしわぎ・しげお

 慶應義塾大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。米国プリンストン大学修士。国際通貨基金(IMF)およびアジア開発銀行に合計12年間出向。財務省退官後、慶應義塾大学大学院商学研究科教授に就任。本年4月より現職。財務省財務総合政策研究所の特別研究官として途上国政府に対する知的支援に参画し、7年間、ウズベキスタン共和国金融財政アカデミー第1副院長(非常勤)を務めた。