中露緩衝地帯に戦略外交を

インサイト2016

カザフ大統領訪日に思う

中央アジア・コーカサス研究所所長 田中哲二

 中央アジア、カザフスタンのナザルバエフ大統領が今月上旬来日し、天皇陛下と会見、安倍首相と首脳会談をもち、広島も訪問した。ちょうど米大統領選挙の開票とその後のトランプショックの時期と重なり、メディアの扱いは地味なものとなったが、この訪問の意義は小さくない。

田中哲二

 カザフスタンは中央アジア最大の国土面積を誇り(日本の約7倍)、石油、天然ガス、ウランなど鉱物資源の豊かな国だ。とくにウランの埋蔵量は世界第2位で日本の経済界の注目は高い。2010年には原子力の平和利用のための日・カザフスタン原子力協定が結ばれている。

 日本人には馴染みは薄いが、カザフ人は日本人と顔、そしてメンタリティがよく似ている。私は世界80カ国ほどを訪れているが、日本人と一番顔が似ているのは、カザフ人と隣国のキルギス人ではないかと思っている。メンタリティでは、老人を非常に大切にし、家族の絆を大事にし、旅人やお客さんを大切にもてなす。

 カザフスタンは親日国でもある。第2次大戦後、日本の軍人軍属がシベリアに抑留され、5~6万人が中央アジアに連れてこられた。彼らはカザフの炭鉱労働や道路、保養所の建設に従事したが、その建物が地震が起きても倒れなかったことで、日本人の勤勉さや器用さが評価されている。加えて産業技術の高さなどが親日感情の基礎となっている。

 今回4回目の訪日を果たしたナザルバエフ大統領は、ソ連邦の共和国時代は共産党書記長だった。ソ連共産党の中でも高い序列にあり、当時の序列ではプーチン大統領などは遙かに下で、その関係は今も両者が会話するとき影響をしていると、大統領側近が語っていた。中央アジアの共産党時代からの権威主義的指導者のもう一人の代表である、ウズベキスタンのカリモフ大統領が9月に死去したことで、ナザルバエフ大統領の立場は重みを増すこととなった。

 今回、同大統領が広島を訪問したのは、米国のオバマ大統領の訪問とは別の意味で重要である。ソ連時代、同国セミパラチンスクで456回にわたる核実験が行われ、住民が大変な放射能の被害を蒙っている。そのためソ連崩壊後、同国は核兵器を返上し、核廃絶、核拡散防止に努めてきた。

 2005年、中央アジア5カ国が中央アジア非核兵器地帯条約を締結するのをリードしたのも同大統領である。昨年12月には、同国の提案による核兵器廃絶平和構築宣言が国連総会で採択されている。深刻な核被害を日本と共有し、核廃絶で歩調を共にしてきた国の元首の訪問であった。

 来月15日に長門市で予定されている安倍・プーチン会談を前に、北方領土問題など日露関係が今後どうなるのか、大きな関心事となっている。そういう時こそ、かつてソ連邦の一部であり中露の間にある中央アジアの地政学的、戦略的重要性に注目する必要がある。

 ソ連崩壊後独立した中央アジア5カ国、そして南コーカサスの国々、さらにモンゴルは、地政学的にみると、中露のバッファーゾン(緩衝地帯)を形成している。これらの国々が、経済力をつけ、政治的に安定し、なおかつ横の連携を持つようになれば、中国あるいはロシアに極端に依存しないで済むようになる。これらの国々が、そういう方向に進むために、日本が資金面や産業技術、環境技術で支援すれば、もし中露が日本に対して厳しい態度をとろうとしたとき、上海協力機構の一員として、それを抑制する側に回るということも期待できるだろう。

 中央アジアの国々とくにカザフスタンとはこれまで資源外交に力点が置かれてきたが、これからは中長期的な観点から、じっくりと戦略的な外交を進めてゆく必要がある。

(談)