脅かされる「世界秩序」

トランプ大統領の衝撃 米国と世界はどこに向かう(8)

 「ドナルド・トランプ氏の当選は、より不確実な時代に入ることを意味する」

 米調査会社ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長は、米大統領選の結果をこう表現する。

 国際社会を指導する国がいない「Gゼロ」時代の到来を予想してきたブレマー氏だが、「孤立主義的」な外交政策を主張するトランプ氏の登場で、その時代が早まったと指摘する。

 トランプ氏の外交政策は、ビジネスの取引と同じように「損得」で物事を測る「現実主義的」な考えからきているとの見方もある。ただ、そうした目先の利益のみを追い求める考えに地政学的な観点はなく、オバマ政権下で進んだ米国の地位低下を 加速させるとの批判もある。

 不透明感の強いトランプ外交で唯一はっきりしているのは、ロシアとの関係改善に意欲を示しているということだ。トランプ氏は14日にロシアのプーチン大統領と電話会談し、「強固で長続きする関係を築くことを非常に楽しみにしている」と述べ、関係改善を正式に呼び掛けた。

 ただ、ロシアによるウクライナ南部クリミア半島の強制編入に対して、主要7カ国(G7)は歩調を合わせて経済制裁を科している。そうした中で米国が対露関係改善に突き進めば、北大西洋条約機構(NATO)加盟国や同盟国の不信を招くことは必至だ。

 またトランプ氏はNATO加盟国が攻撃されても防衛するかどうか分からないと主張するなど、これまで米国が超党派でコンセンサス を得てきた内容を覆すような発言を続けているが、こうしたことを危惧する声も多い。

 一方、トランプ氏がアジア太平洋地域で覇権を目指す中国をどう見ているか不明だ。万一、米国がアジア重視の「リバランス」(再均衡)政策から手を引けば、相対的に中国の影響力が強まり、アジアのパワーバランスが崩れることになる。

 米外交専門誌フォーリン・ポリシーのアジア・エディター、ジェームズ・パルマー氏は、トランプ氏の当選を「中国の地政学的勝利」と断言。「中国はタフで経験豊富なヒラリー・クリントン氏と向き合わなくて済む。代わりに向き合うのは、日本や韓国など中国周辺の同盟国から金をゆすることを公約する無知のテレビスターだ。中国にとって最も取り込みやすいビジネスマン でもある」と指摘する。

 さらに、トランプ氏が目指すエネルギー自給を実現すれば、中東地域の原油に頼る必要がなくなり、同地域に対する関与や軍事プレゼンスを減らす方向に進む可能性もある。

 トランプ氏が外交・安全保障チームに誰を起用するかによって、トランプ外交の方向性は大きく変わってくるが、世界各地で地政学的な地殻変動が起こる可能性があることは否定できない。

 「トランプ氏の当選は、米国が過去70年にわたって築いてきた世界秩序を脅かすことになる」。クリントン元大統領の政策顧問を務めたウィリアム・ガルストン氏はウォール・ストリート・ジャーナル紙で、このような見通しを示した上で、「修復不可能な被害を受ける前に、超党派で対処しなければならない」と 強調する。

(ワシントン・岩城喜之)

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