勢い増す少数派の過激派組織
ISに忠誠、爆弾テロや誘拐
大統領の反米姿勢が追い風
モロ・イスラム解放戦線(MILF)やフィリピン共産党などの反政府勢力と和平推進に力を注ぐドゥテルテ大統領。停戦合意の結果、ミンダナオ島情勢は安定に向かい、国軍との大規模な交戦などは沈静化した。しかしその一方で、過激派組織「イスラム国」(IS)の影響を強く受けるアブサヤフやマウテ・グループなどの少数派のイスラム過激派組織が活発化しテロや誘拐を繰り返すなど、治安上の脅威となっている。またドゥテルテ氏の反米姿勢を追い風に、左派系組織も抗議活動を活発化させている。(マニラ・福島純一)
フィリピン南部のタウィタウィ州の近海で21日、航行中の船がアブサヤフとみられる武装集団に襲撃され、船長と船員が拉致された。襲撃を受けたのはオーストラリアから韓国に向かっていた貨物船で、韓国人の船長とフィリピン人船員の2人が連れ去られた。国軍の報道官は、スルー州を拠点とするアブサヤフの一派による犯行との見方を示し、人質の所在に関する情報収集を開始している。今回2人が新たに拉致され、アブサヤフが掌握している人質は、5人のマレーシア人、4人のフィリピン人、2人のインドネシア人、1人のオランダ人と合わせ合計14人となった。
政府筋の情報によると、今年1月から6月までに、アブサヤフが誘拐事件の身代金として受け取った金額は3億5千300万ペソ(約7億7千円)と莫大(ばくだい)な額に達している。政府はテロリストと交渉しないポリシーを掲げ身代金の支払いを拒否しているが、実際には人質の親族や雇用主などが支払いに応じているのが実態だ。ドゥテルテ氏もノルウェー人の人質の解放に際し、5千万ペソが支払われたことを自ら暴露している。9月にはマニラ首都圏で、アブサヤフに銃器を供給していた密売人が逮捕されており、多額の身代金が武器の購入などアブサヤフの活動資金となり、別の誘拐事件を生むという悪循環も浮き彫りとなっている。
また中央ビサヤ警察はこのほど、アブサヤフのメンバーがセブに侵入し、テロや誘拐を計画しているとの情報を明らかにした。それによるとセブで6人のメンバーが、著名人や外国人の誘拐のほか、ショッピングモールなどの商業施設での爆弾テロの可能性を計画していたという。6人はすでにセブを去りミンダナオに戻ったことが確認されたが、警察当局はモールや宿泊施設、ビーチリゾートの担当者に引き続き警戒を強化するよう求めた。国家警察のデラロサ長官は「アブサヤフがマニラ首都圏に到達することは可能」と、警備の限界を認めている。
国軍長官は、ドゥテルテ政権が始まってから100日目までに、殺害されたり逮捕されるなどして無力化されたアブサヤフメンバーが94人となり、解放された人質は14人に達するなど、掃討作戦の成果を強調している。しかし、活動の封じ込めには程遠いのが現状だ。
一方、9月にドゥテルテ氏のお膝元であるダバオ市を揺るがした爆弾テロをめぐっては、政府が7日、爆弾テロの容疑者3人を逮捕したことを明らかにした。逮捕されたのはイスラム系の新興過激派組織「マウテ・グループ」のメンバーで、コタバト市内でナンバープレートのないバイクで検問を突破しようとしたところを拘束され、爆弾の材料や拳銃などが押収された。当局によると3人は爆弾事件の実行犯で、携帯電話を使った爆弾の起爆や、爆弾の現場への設置などの責任を負っていた。犯行の動機はスルー州で行われている国軍のアブサヤフ掃討作戦に対する陽動のほか、南ラナオ州で起きたマウテ・グループに対する国軍掃討作戦への報復とみられている。マウテ・グループとアブサヤフはイスラム国(IS)に忠誠を誓っており協力関係にあるとの指摘もある。同爆弾テロをめぐっては直後にアブサヤフが犯行声明を出していた。
フィリピン共産党との停戦により新人民軍(NPA)との交戦が沈静化する一方、ドゥテルテ氏の反米姿勢に刺激を受けた左派系デモ隊が、暴徒化する事件も起きている。マニラ市にある米国大使館前で19日、米軍の撤退を求める左派系の反米組織と警官隊が激しく衝突し、警官とデモ隊の双方で50人以上の負傷者が出た。ドゥテルテ大統領の米国からの外交的独立を支持する約700人のデモ隊が大使館前に集結し、赤いペンキの入った容器を大使館の壁に投げつけるなどの抗議活動を行った。警察は催涙ガスや放水で対抗し、デモ隊を分散させようとして移動した警察車両が、複数のデモ参加者に接触するなどして負傷させた。左派系組織は、警官が車両を意図的に参加者に接触させたとして政府を非難し調査を求めている。すでに過剰な暴行などの問題があったとして、少なくとも39人の警官が解任されている。
反米を鮮明にしているドゥテルテ大統領の外交姿勢を追い風に、左派系組織の活動が勢いを増すという皮肉な実態も浮き彫りとなっている。