エルドアン・トルコ大統領による強権支配に警鐘を鳴らす米英各紙

◆重要な地政学的位置

 7月15日に起きたクーデター未遂を受けて、トルコ国内で混乱が続いている。この混乱に乗じて権力基盤強化を進めるエルドアン大統領に対し、海外から懸念の声が上がっている。

 トルコは、シリア内戦などで発生した難民問題、欧州の安全保障などをめぐり、欧米にとって重要な地政学的位置にある。トルコの動揺の余波は、直接欧州にも及ぶことから、欧米諸国は、民主的な対応、適切な司法手続きによる事態の早期の収拾を求めているが、トルコ政府は警察、司法関係者らの大規模な解雇を行うなど強硬姿勢を緩めていない。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(4日付)は社説「トルコの新反米主義」で、トルコ内でクーデター未遂に関与したと米国への非難の声が上がっていることに懸念を表明した。

 トルコはクーデター未遂事件直後から、イスラム教指導者ギュレン師が事件の黒幕だと非難してきた。ギュレン師はもともと、エルドアン氏の盟友だが、2013年のエルドアン政権の大規模な汚職事件をめぐってたもとを分かった。ギュレン師は現在、米ペンシルベニア州で事実上の亡命生活を送っている。

 ギュレン師引き渡しを求めるトルコに対し米国は、「証拠があるなら対応」としている。ギュレン師の身柄は米当局の保護下にあり、至極当然の対応だ。トルコ政府はこれが気に入らないのか、米政府非難を強めているが、欧米での報道を見る限り「陰謀論」の域を出ない。

◆NATOにも不利益

 トルコの政府系紙などは「今回のクーデター未遂はテロであり、西側のテロ非難は不十分」と反発、エルドアン氏も2日、欧米諸国は「テロ」を支援しているといら立ちをあらわにした。

 国内ではギュレン師支持者らも拘束されており、エルドアン氏としては、これを機に一気に政敵を排除してしまいたいということか。

 ニューヨーク・タイムズ紙はトルコの批判に対し、「米国が、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の安全にとって協力が不可欠な同盟国の不安定化を図ることは無意味だ。この地域の広い範囲が混乱状態にあり、『イスラム国』との戦いにとっても協力は欠かせない」とその根拠に疑念を呈した。

 「トルコが真にすべきことは、誰が、なぜクーデターを共謀したのかを突き止めることにある。しかし、そのためには、陰謀論を捨て、公正な事実究明が必要だ」と、適切な捜査と司法手続きを取ることを求めるが、今のところエルドアン大統領の耳には届いていないようだ。

 同紙によると、米政府は既に、トルコが「民主主義の基準から大きくそれた」場合の対応について検討を開始しているという。「西側と相いれない原則、慣行を採用した場合、トルコが信頼できる同盟国であり続けられるのか、NATOなしで発展と安全を確保できるのか」とタイムズ紙は疑問を投げ掛ける。現状を見る限り、トルコにとっても、NATOにとっても利益にはならないはずだ。

 トルコとNATOが疎遠になって恩恵を受けるのはロシアだ。トルコはここ数カ月間、対外融和策を進めている。ガザ支援をめぐり悪化していたイスラエルとの関係を修復したかと思うと、昨年のロシア戦闘機撃墜で悪化していたロシアにも接近するなどしている。今後、対露接近をカードに米国に揺さぶりを掛けることもあり得る。

◆国内各勢力の融和を

 一方、英紙ガーディアンは7月24日付社説で、エルドアン政権下で深まった国内の分断がクーデター未遂事件の一因とする一方で、「エルドアン氏に独裁者とレッテルを貼り、トルコの惨劇を全てエルドアン氏のせいにすることは、西側の視点から見れば、ばかげており、非生産的だ」とトルコとの協力関係を今こそ強化すべきだと訴える。

 エルドアン政権がイスラム化を推進した結果、世俗勢力とイスラム教勢力との分断が深化したのは確かだ。

 エルドアン氏率いるイスラム系の与党・公正発展党(AKP)の支持は、地方の保守的な労働者階級に多いとみられている。そのため、エルドアン氏の進める強権支配、イスラム化によって、地方と都市部、保守とリベラル、労働者階級と中産階級との間の確執も強まっているとみられている。欧米としては、国内各勢力の融和を求めながら、関係の修復を求めるべきだろう。

 トルコとの関係悪化は、西側にとっても失うものは大きい。

(本田隆文)