比大統領選でドゥテルテ氏当確
犯罪撲滅へ「豪腕」を期待
9日に投票が行われたフィリピンの大統領選で、ミンダナオ島ダバオ市長のロドリゴ・ドゥテルテ氏(71)が、他の候補に大差を付けて当選確実となった。ダバオ市政で全国に名をとどろかせていたことに加え、犯罪撲滅という国民にとって身近で深刻な問題を前面に掲げ、常に変化や改革を求める国民の心をガッチリとつかんだ。
(マニラ・福島純一)
閣僚に女性を多く採用へ
共産勢力に融和的、クーデター懸念する声も
フィリピン国民が大統領に求めることは、過去の政変や革命が物語るように、現状の改善であり変化である。これは大半の国民が貧困層に属し、満足できる収入を得るには家族と離れて海外就労を選ぶしかないなど、現状の社会に不満を持っている人々が多い証しでもある。アキノ政権は過去にない経済成長を成し遂げ、政情も安定し高い支持率を維持し続けた。しかし、経済格差は拡大するばかりで庶民の生活は大きく改善されず、物価高や都市部の渋滞問題など、新たな改革を望む声は常にあった。
ドゥテルテ氏が出馬を決めるまでは、無所属候補のポー上院議員が、国籍問題を抱えながらも高い支持率でトップを快走していた。ポー氏は前回の選挙で上院議員になったばかりで政治経験は浅い。しかし国民的俳優の娘ということで知名度は申し分なく、腐敗に染まっていない清廉な印象が高い支持につながっていた。また無所属ながらアキノ政権の継承を掲げており、現在の経済成長が継続するという期待感もあった。
ところが当初、出馬をかたくなに固辞していたドゥテルテ氏が一転して出馬を表明し大きな注目を集める。出馬の理由を聞かれたドゥテルテ氏は、「米国籍の疑いがある人物が大統領になることは認められない」と、ポー氏を痛烈に批判。挑戦状をたたき付け、その強烈なキャラクターを国民に焼き付けた。さらに「ダバオ市のように全国から犯罪を一掃する」と公約し、国民から高い共感を獲得した。
その後、支持率が上がるにつれ、愛人問題やローマ法王への中傷問題、レイプ殺人事件の被害者女性への冒涜(ぼうとく)発言、隠し資産疑惑など、ありとあらゆるスキャンダルが短期間に浮上。さらに海外メディアからは「フィリピン版トランプ氏」とも揶揄されたが、支持率は下がるどころか首位をキープ。選挙戦の終盤に独走態勢となると、アキノ大統領が「民主主義の敵」と名指しで批判し、野党候補に共闘を呼び掛けるほどに危機感を与えたが、そのまま地滑り的勝利となった。
ドゥテルテ氏は、その過激な発言で支持を集めたという印象が強いが、国民が最も求めた大きな変化は、政治経済を独占しているマニラの支配層からの脱却だろう。この勝利は、マニラからはるか遠く離れたミンダナオ島で、ダバオ市という「楽園」を築いたドゥテルテ氏に、根底を覆す改革を国民が求めた結果だ。過去に繰り返された民衆革命の失望が生んだ、新しい時代のリーダーと言えそうだ。
国民の期待を一身に集めるドゥテルテ氏だが懸念もある。ダバオ市長のほかに、下院議員を務めたことはあるが、国政や外交の経験はほとんどなく、その手腕はあくまでも未知数。ドゥテルテ陣営の関係者によると、閣僚選びに関して、カナダ首相を参考に女性を多く採用する方針だとも伝えられており、柔軟さも感じられる。領有権をめぐり中国との摩擦を抱える日本などの周辺諸国にとっては、アキノ政権下で築かれた対中国の同盟関係が継続されるのか、それとも融和政策に転じるのかが気になるところだ。
国内の共産勢力に関しては、オランダに亡命中のシソン氏とは、元大学教授と生徒という間柄で、親密な関係が指摘されており、和平交渉の再開が期待される一方、その融和的な姿勢が国軍内で反感を買っているとの指摘もある。アロヨ政権下でクーデター未遂事件を起こした元反乱将校のトリリャネス上院議員は、ドゥテルテ政権はクーデターの危機に直面すると警告している。もしクーデターによって政情が不安定に陥れば、治安改善どころではなく、再び民衆革命という皮肉な結果を迎える可能性もある。
ドゥテルテ氏は、就任後半年で犯罪を激減させると主張しているが、それは熱しやすく冷めやすい国民性を考慮したもので、この国では改革に失敗すれば急速に支持を失うことを物語っている。高い国民の期待に応えることができるのか、その手腕に注目が集まる。当選が正式に確定すれば、6月30日に就任式が行われ、ドゥテルテ政権が発足する見通しだ。