元記者の朝日検証、思潮は「マルクス主義」

「パブロフの犬」で反日記事

 朝日新聞社がいわゆる慰安婦に関する吉田清治(故人)の虚偽証言を報じ続けた問題を検証した第三者委員会が2014年12月、報告書を発表した。その報告書には、過剰なキャンペーン体質や運動体と一緒になる傾向が同社にある、とする複数の識者の指摘があった。

 要するに、朝日には左翼運動の一環で取材活動をする記者がかなり存在し、反体制・反国家勢力の機関紙に近い紙面作りをする体質が染みついていることを指摘したのだ。そんな報道機関では当然、事実は軽視されてしまうから、掲載した証言が虚偽だったと分かっても、それを反省する謙虚な姿勢は生まれてこない。

 そんな同社の体質を検証した本『崩壊 朝日新聞』(以下『崩壊』)が昨年末出版された。新聞広告によると、すでに3万部を突破し、ベストセラーになっている。

 著者は元朝日新聞記者の長谷川煕。1961年に入社し、93年に退職したあとも、週刊誌「AERA」で執筆活動を続けた名物記者だ。外部から朝日の左翼体質を批判する識者は少なくないが、長年禄を食んで同社をよく知る敏腕ジャーナリストの、しかも取材を尽くした上での“告発”だから、説得力に富んでいる。

 「私は荒地にたたずむ思いである」――著書の冒頭、長谷川は2014年8月5日付の朝日を目にした時の心境をこう綴(つづ)った。

 長谷川が読んだのは吉田証言を虚偽と認め、その証言を扱った記事を取り消すと発表した特集記事。同社の信頼だけでなく、日本に対する国際的信頼をも失墜させても開き直り続けた前代未聞の事態にもかかわらず、謝罪も関係者の処分もしなかった紙面に愕然。それほどの醜態を招く朝日の体質検証に駆り立てられたのだという。

 『崩壊』を書くにあたって「AERA」を辞め、何人もの現役、OBから話を聞いたというから、ジャーナリスト人生をかけた取材、執筆と言っていい。著書からはその決意と覚悟が伝わってくる。その長谷川が三つの総合雑誌3月号で、対談を行っている。

 「文藝春秋」の「日韓慰安婦合意 朝日新聞の欺瞞」、「WiLL」の「朝日新聞はマルクス主義結社だ」、そして「歴史通」の「マルクスが歪める客観報道」だ。論考のタイトルからも分かるように、慰安婦虚偽報道の背景には、マルクス主義の思潮があると明言している。

 「日本軍の悪行話なら、真偽を確かめる基本作業もせず、条件反射的に上っ調子なことを書く人間」(「文藝春秋」)がおり、そんな条件反射的精神構造の持ち主を、長谷川は「パブロフの犬」と呼んでいる。そのような精神構造はマルクス主義者だけでなく、強固な思想を持つ人間にありがちな習性だが、ジャーナリストとしては致命的である。

 「WiLL」の対談テーマのように、朝日がマルクス主義の結社ごとき新聞社なら、権力に対するチェック機能を超えて、国家や過去の歴史を短絡的に「悪」と、条件反射的に決めつけ、中には独善的な記事やコラムを書きながらも恥じ入るどころか、自己陶酔に陥る記者もいるだろう。著書や対談の中で長谷川は、かつて吉田虚偽証言を「美化」して書いた論説委員、北畠清泰の夕刊コラム「窓」を「恥ずべきコラム」と切って捨てた。

 もちろん、長谷川のような人間が長年、朝日を舞台に健筆を振るうことができたのだから、保守的な人間もいるのだろう。ただ、著書で「性急な共産主義革命は退けつつもマルクス主義そのものは否定しない、いわゆる『容共リベラル』的な彼らの考え方が、戦後の『良識』と朝日社内で見なされ、社内の思潮の主流派を形成していたことは否定できない」としている。また、朝日では「左翼ポーズをとることが出世の最大の手段」だったと、多くの具体例を挙げながら書き送ってきたOBもいたことを明らかにしているから(「歴史通」)、思想的には距離があっても左翼的な記事を書く記者もいるのだろう。

 さらには、長谷川よりひとまわり若い元朝日記者の永栄潔も「WiLL」誌上での対談で、「朝日の共産党との親和性というか、遠慮みたいなものは私もたしかに感じた」と語っている。永栄は昨年春に出した『ブンヤ暮らし三十六年』で、朝日記者と共産党との深い関係を示唆する現役時代の興味深い挿話をいくつか披露している。その一つに次のようなものがある。

 1975年、南ベトナム解放戦線は北ベトナムとの関係はない、地生えの民主勢力としていた朝日の位置づけに疑問を呈して質問状を出した永栄に、当時の論説員丸山静雄は「民族戦線は南の民主勢力が自らの手で組織したもので、北は関係ない」と返事を書いてきたが、丸山の原稿用紙は共産党機関誌『前衛』のものだった。

 そればかりか、車内吊り広告に「世紀のスクープ!」とうたった『月刊Asahi』(同社が発行、1994年休刊)の連載「中国高官ディープスロートの手記」が実際は小説だったにもかかわらず、誰も処分されなかった。それどころか、掲載のいきさつを知る編集と出版の幹部のほとんどがその後、役員に出世したという。

 朝日の“左翼病”は、ここまで深刻かと思わせる挿話だが、これは一新聞社にとどまる問題ではない。長谷川と「歴史通」で対談した上智大学名誉教授の渡部昇一は「日本の近代の『知的歴史(インテレクチュアルヒストリー)』の主流を左翼にしたのは朝日新聞と岩波書店の“権威”です。朝日に取り上げられると、歴史や経済の学者は、講師は助教授に、助教授は教授になれるような風潮があった」と指摘した。朝日を核に左翼思想が広がる日本の言論界と大学界の構造にメスを入れるのは、論壇の役割だろう。(敬称略)

 編集委員 森田 清策