「オール沖縄」の敗北、宜野湾市長選で翁長知事錯乱

《 沖 縄 時 評 》

堂々テレビで公選法違反

「オール沖縄」の敗北、宜野湾市長選で翁長知事錯乱

宜野湾市長選で翁長雄志沖縄県知事(右)の隣で演説する志村恵一郎候補=1月23日、宜野湾市内

 米軍普天間飛行場を抱える宜野湾市長選は、安倍政権が支援する現職の佐喜真淳氏が、翁長県知事が支援する志村恵一郎氏に約6000票の大差をつけて再選を果たした。2014年秋の県知事選以来続いた翁長知事の必勝パターンが初めて崩れた瞬間である。

 今回の選挙は安倍政権と翁長氏との「代理対決」といわれ、辺野古移設を進める安倍政権は、佐喜真氏の勝利を6月の県議選、7月の参院選に向けての追い風と受け止めた。

 その一方、「オール沖縄」の必勝パターンで大敗を喫した翁長氏は、求心力低下が懸念されている。

 志村陣営は当初、翁長知事の支援を受け辺野古移設を争点にすれば勝てると考え、沖縄2紙も「最大の争点は辺野古移設の是非」などと書きたてた。だが、佐喜真陣営は、選挙戦を通じて“国”対“沖縄”の印象が強まらないよう努め、終始「普天間の固定化反対」で押し通した。

 志村氏優勢の下馬評にとどめを刺したのは、安倍晋三首相の国会答弁だった。1月12日の衆院予算委員会で、民主党の大西健介氏が一昨年の沖縄県知事選や衆院選の沖縄4選挙区、7月の参院選の結果が辺野古移設に影響を与えるか、と質問した。これに対し、安倍首相は「安全保障に関わることは国全体で決めることであり、一地域の選挙で決定するものではない」と答えた。

 さらに菅義偉官房長官も、「普天間飛行場の固定化は絶対に避けるべきで、この点は国と沖縄県の共通認識だ。選挙結果が辺野古移設に影響を与えることはない」と佐喜真氏をサポートした。

◆翁長氏は劣勢察知

 志村陣営は、佐喜真氏が「辺野古移設」に言及しないことに対し「辺野古隠し」などと批判したが、宜野湾市長選で市長の権限の及ばない名護市辺野古の移設問題に言及する方がおかしい。国の専権事項である「辺野古移設反対」を市長選の公約に掲げた志村氏や支援者の翁長知事の異常な主張は有権者に見抜かれ、いわゆる「辺野古隠し」の批判自体が佐喜真氏の勝利の要因になった。

 ただ、今回の選挙の志村氏大敗は、「辺野古反対」の「オール沖縄」側の候補者選びから選挙戦術まで、翁長知事を看板に押し立てて戦った結果であり、翁長知事への審判と受け取られることは不可避である。

 当初、優勢が伝えられていた志村陣営が、途中から劣勢になった感触をいち早く察知したのは他ならぬ翁長知事だった。

 宜野湾市は、3期を務めた桃原正賢氏から比嘉盛光氏、伊波洋一氏、安里猛氏と革新市政が続いた。前回選挙では元県議の佐喜真淳氏が当選を果たし、27年ぶりに保守が市政を奪還した。これまでの当選者の得票数を見ると、2万票前後であり、前回当選した佐喜真氏は伊波氏に900票の僅差で当選している。

 昨年11月、宜野湾市民が翁長知事の埋め立て承認取り消しに損害賠償を求めた住民訴訟は、宜野湾市民による支援署名が2万筆を超えた。過去27年の宜野湾市長選の当選最高得票数は2万3598票である。

 宜野湾市民の住民訴訟の支援者の署名だけで当選得票数とほぼ同じである。これを知った翁長知事が「志村不利」の感触を得たとしても不思議ではない。

◆NHKで二人三脚

 志村陣営の選挙の顔となっていた翁長知事は、選挙の大敗だけでなく信じられないような副産物を選挙の後に残した。

 翁長知事は、勝ち目がないといわれる代執行訴訟の第3回口頭弁論を29日に控えてもいたが、何を血迷ったのか、とんでもない行動に及ぶことになる。

 投票日が3日後の攻防に入った1月21日、NHKが志村候補と翁長知事の二人三脚による「戸別訪問」を放映(1月21日18時10分~「おきなわHOTeye」)。翌22日、県内の男性がNHKの放映動画を証拠として公職選挙法違反の告発状を県警に提出した。

 告発者の男性によると、県警への告発の場には県内メディアも臨席していた。沖縄2紙は少なくとも告発の事実を報道するのがメディアとして責務のはずだ。

 ところが翌23日の沖縄タイムス、琉球新報の2大紙は、志村・翁長両氏の「戸別訪問」に対する告発について完全に黙殺し、県外紙の産経新聞と世界日報が報道した。

 産経報道によると、17日告示の宜野湾市長選にからみ「21日には志村氏が、支援を受ける同県の翁長雄志知事とともに公職選挙法で禁じられている戸別訪問をしていたと指摘する動画がインターネット上で拡散し、県内の民間選挙監視団体の男性が22日、同法違反の罪で志村、翁長両氏に対する告発状を県警に提出した」とのこと。

 選挙がある度に公職選挙法違反者が後を絶たないが、特に沖縄では、弁護士の照屋寛徳・衆院議員が「沖縄は公職選挙法特区」と“お墨付き”を与えるほど選挙違反は付きものとなっている。これまで多くの公選法違反を県警や選挙管理委員会に通報してきた宜野湾市の男性(51)は、「沖縄では贈収賄以外で県警が告発を受理することはない」と半ば諦めた様子。

 ところが今回の翁長知事の二人三脚の「戸別訪問」は、従来の「戸別訪問」とは根本的に異なる。今回の「戸別訪問」が決定的公選法違反である理由はこうだ。

 わが国の公職選挙では家ごとに訪問して選挙の投票を依頼することや、演説会や候補者の氏名の宣伝をすることは、公職選挙法第138条第1項、第2項で禁止されている。罰則は「1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金」(239条②)で、仮に当選しても無効となる。

 問題は「戸別訪問」が公選法違反ではあるとしても、それを立証する証拠がなければ警察は立件できないことだ。「不十分な証拠」を根拠に告発しても「証拠不十分」で不受理となる。つまり「戸別訪問」が実際にあってもそれを県警が公選法違反として立件できなければ、告発しても無意味ということになる。

 今回、NHKが放映したニュース映像には、戸別訪問を満たす要件がすべて映っており、稀に見るほど完璧な証拠物件である。産経の取材に対し、志村選対の伊波洋一氏が「街宣活動の途中に知り合いのところに顔を出すことはよくあり、違法なものではないと理解している」と弁明したが、これは全く説得力がない。仮に訪問先が知人宅であったとしても、選挙用のたすきと鉢巻で訪問し投票依頼をするのが確認できれば立派な公選法違反である。

 沖縄県警のトップである翁長知事の「戸別訪問」を、県警がしっかりと立件できるか否か、全国民が沖縄県警の対応を注目している。

 ところが、ここで大きな疑問が生じてくる。

◆辞任して再出馬か

 政治家一家に生まれ、選挙のベテランといわれる翁長知事が、何故今回のように明々白々な証拠を残して戸別訪問という公選法違反を犯したのか。

 推測できるその理由の一つは、頻発する公選法違反に神経がマヒし、選挙違反の意識がなかった可能性。

 そしてもう一つは、就任1年以上経過したが「辺野古反対」の公約は実現しておらず、勝ち目のない多数の訴訟を同時に抱え込んだ翁長知事が、追い詰められて「死に場所」を求め、志村氏道連れの「集団自決」を図った可能性である。

 宜野湾市長選に無名の志村氏を引っ張り出したのは翁長知事であり、翁長知事を看板にした「オール沖縄」で敗北すれば翁長知事の責任は免れ得ない。

 時間が経(た)てば経つほど不利になっていく状況に、翁長知事は「公約未履行」の責任で辞任するタイミングを見計らっていたのではないか。

 では、辞任の後の翁長知事の行動はどうなるか。

 「公約未履行」と「戸別訪問」で潔く辞任しても、翁長知事の「闘う知事」のイメージが消滅するわけではない。そこで、再度、県知事に挑戦して「オール沖縄」の再構築を図るか、さもなくば7月の参院選に比例区で立候補して今度は「オール日本」のシンボルになる。

 そうなれば、これまでの知名度から判断してトップ当選だって夢ではない。「強権で弾圧する安倍政権」に敢然と立ち向かう「闘う知事」のイメージの翁長知事は、安倍政権の政権運営にとって、メッキが剥げた「オール沖縄」以上の大きな障害になるだろう。

 翁長知事が選挙結果と公選法違反の責任で辞任するにせよ、このまま踏みとどまるにせよ、今回の宜野湾市長選挙が、今後の沖縄政治の分水嶺になることは間違いない。

(コラムニスト・江崎 孝)