ウズベキスタンの対日理解

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

貢献する民間人の存在

田中哲二、加藤九祚の両氏

 中央アジアのウズベキスタン(ウ国)で3月29日に大統領選挙(任期5年)が行われ、現職のイスラム・カリモフ大統領が圧倒的な信任を得て4選を果たしたことは既報の通りである。

 この大統領選挙の国際監視委員に指名された中央アジア・コーカサス研究所長・田中哲二教授に同行して筆者は初めてウ国を訪問した。筆者の旅への関心は、中国が周辺国外交を重視する中で進めてきた「一帯一路」戦略(シルクロード経済ベルト構想と21世紀海のシルクロード戦略)を中央アジア諸国はどう見ているかを探ることにあった。同時にウクライナ問題や油価低迷に苦しむロシアに対してアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設など経済独り勝ちの中国に勢いがあって、ユーラシア大陸でパワーの地殻変動は起きるのか、中央アジア諸国はどう対応するのか、も注目点であった。

 その観点で今次の訪問は、中央アジアの中心にあり約3000万人の最大人口を擁するウ国の実態について大統領選を通じて知るとともに、この地域の戦略的な意義について考える機会になった。

 冷戦後の1991年にウ国はソ連からCIS諸国として独立したが、爾来(じらい)、カリモフ大統領がカリスマ的な指導力と開発独裁的な経済運営で8%の高度成長率を維持し、国民生活の向上と安定を図ってきた。また、隣国アフガニスタンが混迷するところ、中東を騒然とさせている過激派イスラムの侵入を阻止し、強権力でテロや過激主義を抑え込んで160もの多民族国家の安定を確保している。このようなカリモフ大統領の現実的で漸進的な政権運営と、特定の軍事ブロックに属さず、どの国とも友好関係を結ぶ外交も功を奏している。加えてウ国のイスラム教徒の世俗性がもたらす柔軟性や穏健性が国内の安定や円滑な国際関係に有利に働いている。

 実際、訪問前ウ国に抱いた厳しいイスラム教の戒律や内陸部の不安定な乾燥地という筆者のイメージは覆され、古い歴史と伝統文化が香るしっとりとした穏やかな国の雰囲気があった。今次のウ国訪問で、ユーラシア大陸の安定のためにわが国はウ国などにどう対応すべきか、新たな戦略的課題に気づかされたが、この問題は別途稿を改めたい。

 それよりまず、わが国との人間を通した関係を見ておきたい。西域文化に関しては平山郁夫画伯や小説家・井上靖が浮かぶが、今次の旅を通して発見した2人の日本人によるウ国人の親日感情や日本理解に貢献している事実を紹介しておきたい。

 まず一人は今次選挙の国際監視委員に任命された田中哲二教授である。かつて日本銀行で役員を務めた後、世界銀行からの要請でキルギス大統領の経済顧問や同中央銀行総裁の顧問として独立後の中央アジア諸国の金融制度にアドバイスしてこられた。その関係で同国立大学の客員教授や初代日本センター館長も務めてきた。ウ国に関しては、同国銀行協会特別顧問やタシケント国立経済大学名誉教授など多くの指導的な仕事を兼務しており、現に選挙後は同大学で特別講義をして若い学生を励ましていた。そのほかにカザフスタン国の経済大臣や文部大臣の顧問など多くの役職に就いて、中央アジアに人脈を広げている。

 今次選挙監視に当たっても選挙準備状況の視察に14県のうち7県の各地方の選挙管理委員会(選管)や投票所を視察し、視察先のテレビ取材にも丁寧に応じて日本人監視員の存在感を大きく示していた。田中監視員は300人を超える各国から派遣された国際監視委員の中で五指に入る有力者と言われ、地方視察には中央選管から局長級のエスコートと有能な通訳が手配され、お陰で筆者も同行してウ国を多角的に観察できた。

 もう一人はわが国立民族学博物館名誉教授の加藤九祚(きゅうぞう)先生で、同じく選挙監視委員に任命されていた。既に93歳と高齢であるが、加藤先生はカラ・テパなどの遺跡発掘を30年前から手がけ、地道にウ国の発掘指導をしてきた。発掘現場を見学した時も現地の多くの考古学者が集まって加藤先生を迎え、「カトーセンセイ」が現地語化しているほどにウ国考古学研究者から尊敬を集めている。加藤先生が発掘した国宝級の仏像が多く展示されるテルメズの博物館では館長が自ら丁重な案内をするなど、重鎮的存在として日本人の存在感を文化分野でも示しておられる。

 私財を投じてまでの地道な遺跡発掘に取り組む姿勢がウ国の考古学研究の進展を促し、また国家の文化的事業支援の呼び水となるなどの功績は大きい。さらに日本でもシルクロード文化を紹介する奈良博覧会の開催に尽力してきた。

 今回、身近に見てきた2人の先駆者はまさに長年「一隅を照らす」活動を続けてこられ、ウ国を親日国家に引きつけた民間大使とも言うべき存在で、中央アジアでの目立たない日本人の活躍の事実を看過してはなるまい。

 ユーラシア大陸で中国・ロシアという二つの強大な国家の力関係が流動する折から、中央アジア諸国が安定勢力として機能できるよう、わが国も連携や支援を強化する必要があるのではないか。中央アジアの中央に位置するウ国への建設的な働きかけは、安倍総理の地球儀俯瞰(ふかん)外交から見ても重要事項であるとの認識を深めた旅であった。

(かやはら・いくお)