植村元朝日記者の訴訟 、法廷利用した「言論封殺」
慰安婦誤報は「運動」の一環
慰安婦問題に関して、事実誤認の記事を書いて保守系を中心にした論壇で批判を受け続ける元朝日新聞記者・植村隆による訴訟が拡大している。自身が書いた記事を「捏造」とされたことで名誉を傷つけられたとして訴えた相手は東京基督教大学教授の西岡力のほか、ジャーナリストの櫻井よしこ、そして彼らの論考を掲載した雑誌の出版社数社に増えた。
当然ではあるが、論壇からは、法廷闘争に打って出た植村に対して「言論に対しては言論で戦うべきだ」との批判が巻き起こり、保守派論壇を逆に勢いづかせている。月刊誌の最新号でも、「総力大特集 植村隆元記者よ、言論で戦え!」(「WiLL」4月号)や、「私を訴えた植村隆・元朝日新聞記者へ」(「正論」3月号)のように、植村による訴訟をテーマにした論考が少なくない。
元慰安婦として最初に名乗り出た韓国人女性について他紙に先駆けて報じた植村の記事に「捏造」があったのかは別にしても「女子挺身隊」と「慰安婦」を混同し、読者に誤った情報を伝えたのは明らか。にもかかわらず、論壇で発表した手記や記者会見で一言も謝罪せずに、訴訟を起こしたことには被告だけではなく、古巣の朝日もさぞ困惑していることだろう。
慰安婦誤報問題では、会社を守るため、第三者委員会の報告書で幕引きしたかったのに、論壇での朝日批判を続けさせる結果を招いているからだ。さらには、慰安婦誤報に凝縮された朝日の問題体質をさらに浮き彫りにする格好にもなっている。
第三者委員会委員の一人だった外交評論家の岡本行夫は、報告書の個別意見で「新聞社は運動体ではない」と強調した。エリートの多い朝日記者には「独善的」になり、運動の一環として記事を書く傾向があることを「運動体ではない」という反語ににじませたのだ。
同じく委員だった国際大学長の北岡伸一は慰安婦報道の問題点として「キャンペーン体質の過剰」と表現。筑波大名誉教授の波多野澄雄は「いわゆる『人権派』の一握りの記者が、報道の先頭に立ってた点も特徴的である。……ある記者は、彼らの問題点を『運動体と一緒になってしまう』傾向と指摘する」と述べている。
朝日の記者行動基準は「正確さを何よりも優先する。捏造や歪曲、事実に基づかない記事は、報道の信頼を損なう」とあるが、前述の委員たちの指摘は、朝日には正確さを軽んじ、左派運動の一環として記事を書く記者がかなり存在し、左翼の機関誌のような紙面作りに陥る体質が染みついていることを言っているのだ。
この点について、産経新聞政治部編集委員・阿比留瑠比は「根っこにはマルクス・レーニン主義に基づく『はじめに結論ありき』がある……そして合わない事実は弾いていく」(「第三者委報告でも隠された朝日の病巣」=「正論」3月号)。同誌で阿比留と対談したジャーナリストの門田隆将はレーニンの言葉を引用し「左翼小児病」と表現した。
ジャーナリストの池田信夫は「朝日の場合はつねに左寄りの『角度』がついている点に問題がある」(「まだいる朝日慰安婦報道の“主役”たち」=「正論」)と強調。ジャーナリストの田原総一朗も「一九六〇年代から七〇年代、全共闘運動の影響で『総括』や『自己批判』という言葉が流行し、自己批判的な発言にメディアがこぞって飛びついた」「当時の日本人のあいだでは、過去の戦争に対する贖罪意識が強いほど、良心的だという尺度になって」おり、その優等生が朝日であるという思い込みが慰安婦誤報問題をこじらせたのだという(「『朝日新聞』こそ歴史問題の加害者だ」=「Voice」3月号 )。
これらの分析を総合すると、植村が誤報についてまったく謝罪しないばかりか、左翼がよく使う法廷闘争に持ち込んだ理由が理解できる。この法廷闘争について、前述の阿比留は植村本人よりも彼の背後にいる170人の「左翼人権派弁護士」が問題で、「要するに司法を使った言論封殺だなと感じました。数にたのんで威圧し圧力をかけて、正当な批判すら抑え込んでしまおうという動きに他ならない」と喝破する。また、現代史家の秦郁彦は「こうなると金銭、時間、精神的負担を恐れる批判者への威嚇効果は絶大だろう」(産経新聞2月23日付)とみる。
左派運動の視点を優先し事実を軽視する朝日の体質は、福島第一原発事故に関する「吉田調書」をめぐる誤報問題のその後の動きにも見て取れる。記事に重大な誤りがあったとして取り消した朝日だが、日本新聞労働組合連合(新聞労連)は毎年発表する「ジャーナリズム大賞」の特別賞に、この誤報記事を選ぶという、朝日とは真逆の評価を下した。非公開の吉田調書を公にするきっかけとなったというのがその理由のようだ。
左翼スタンスが明白な選考側の問題を取り上げても意味はないが、正確さを何よりも優先すべき記者なのだから、記事に重大な誤りがあったことは明白な以上、賞を辞退すべきだったろう。ところが、記事を執筆した記者2人が授賞式に出席したというのだから、これぞ朝日記者の「独善的」体質の見本である。
編集委員 森田 清策