フランスを襲うテロの教訓
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
差別無視した世俗主義
歴史的な移民問題に対処を
フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」およびユダヤ系の食品スーパーを狙った大胆で残忍なテロ事件は、フランスばかりでなく他の欧州諸国やアメリカそしてイスラム諸国にも大きな衝撃をもたらした。欧州国内のイスラム系若者の過激化は欧州連合(EU)内の反移民運動の増幅と並行し近年大きな問題であるが、今回のテロは歴史や社会問題から目をそむけ続けることがいかに深刻な社会のゆがみや治安問題を生むかも浮き彫りにした。
昨年夏、アメリカ人2人が「イラクとレバントにおけるイスラム国」(ISIL)に斬首されたが、その実行犯が英国国籍である疑いが深くなり、多くの欧米国民がISILに加わっていることが改めて注目された。その数5000人に及ぶとされる。「シャルリー・エブド」社を襲撃し、編集長や漫画家たちを名指しで銃殺したクアシ兄弟のうち兄サイフはイエメンでアルカイダの一派にテロ訓練を受けたとされ、弟シェリフはテロ計画の罪で刑に服し、獄中でジハードを推奨する宣教者ジャメル・ベガールと知り合い、本格的に過激化した。
女性警官を殺害後ユダヤ系の食品スーパーを襲い人質を殺害したアメディ・クリバリはクアシ兄弟の友人で、やはりベガールの影響で過激派イスラムに転向した。クアシ兄弟はアルジェリア系移民の2世だが、早くに父、続いて母を亡くし孤児であった。クリバリは無職、ISILに忠誠を誓い、内縁の妻は女性ではフランス一番のお尋ねものテロリスト、ブメディエンヌである。欧米が恐れる「ホーム・グローン・テロ」(自国民が過激化しテロを起こす)の典型であった。
クアシ兄弟もベガールもブメディエンヌもアルジェリア系移民である。アルジェリアがフランスの植民地であったためフランスにはアルジェリアを筆頭にマグレブ系移民が多い。アルジェリア独立戦争(1954~1962年)でフランス側に付き、あえなくフランスに逃げた人々、その後、経済難民としてフランスに移住した人々やその子供たちが中心であるが、政府は彼らを十分に援助してこなかった。それどころか政治家や一般社会に存在を無視され、実質的には隔離状態で郊外の朽団地に多くが住んでいる。シャリフ・クアシが獄中で過激化したように、投獄犯の過半数はイスラム系といわれる。
いくら努力してもフランス社会に受け入れられず、疎外感、不平等や差別に苦しみ、フランスにもアルジェリアに対しても自国という気持ちは持てず、精神的国籍のない浮遊状態に置かれているイスラム系若者が多い。こうした環境が社会への憤懣(ふんまん)につながり、過激派伝道者の説教に乗せられ、みじめな環境で生きるよりは、『異教徒』に対する聖戦で殉死する方が魅力的となる。
西欧にはイスラム系移民は多い。しかし、フランスはその中で最大数のイスラム系移民と同時に最大数のユダヤ教徒を抱えている。イスラム系住民の割合は、ドイツ5%、イギリス4・6%に対し7・5%とされる。
フランスにおけるイスラム系住民の数字は推計であるが、それはフランスの大きな特徴である徹底した世俗主義ゆえである。顔の隠れるベールをかぶった女性はオペラ座の入場を禁じられ、公立の学校は宗教色のある服やアクセサリーを禁じている。宗教による差別やねじれた政策を避けるためであるが、その結果フランスは国民調査でも人種や宗教を問うことはせず、政府や社会はそもそも人種や宗教の違い、その違いゆえに差別や対立があることを無視し、問題を認めないことから対策も打ち出さないことになる。徹底した世俗主義は宗教が重要な人々にとっては憤懣の原因ともなる。
今回の同時テロはフランスの抱えるもう一つの問題、反ユダヤ主義も明らかにした。マグレブからの移民はアラブ諸国の反ユダヤ思想をそのままフランスに持ち込み、フランスにおけるユダヤ教徒やユダヤ系施設への攻撃件数は西側諸国の中で一番多い。EU経済停滞が長引きムスリムの中では反ユダヤ感情も深刻化している。2012年にはアルジェリア系のフランス人がラビと3人の小学生を銃殺するという事件も起きている。恐怖におびえるユダヤ系市民のイスラエル移住が急激に増え、2013年には3400人だった移住者は、昨年は7000人に跳ね上がり、今年は1万人になるとの予測がある。
経済の悪化は失業率も増加させ、犯罪が増えると同時に移民への反発も深刻化させている。各国で反EU、反移民をかかげる政党が大きく支持を伸ばしているが、中でもフランスの反移民党である国民戦線(FN)への支持率は恐ろしいほどに高くなっている。
フランスはドイツとともにEUの核である。停滞が続くフランス経済への対策の弱さが懸念されてきたが、テロはフランスがかかえる社会的膿(うみ)をさらした。世俗主義という仮面の下で歴史や社会哲学がもたらす弊害を直視してこなかった。「我々はみなシャルリー」精神がまだ新鮮な間に、政府も国民も抱える問題の本質や深さを公に論じ、対策を早急に打ち出さなければ、社会不安やテロが増幅し、EU崩壊にも繋(つな)がりかねない次の大統領選挙でのFN勝利につながる可能性もある。
(かせ・みき)