マレーシアで新政権発足

 先月20日、マレーシア新首相にイスマイルサブリ前副首相が就任した。同国はここ数年、与野党入り乱れての政争が続き、政治的混迷に陥っていた。新型コロナウイルス感染危機に本腰で立ち向かうため、安定した政治基盤の構築が新政権には求められる。そのためにも、政界の汚職体質に一線を画し国民の政治への信頼を取り戻すことが肝要となる。(池永達夫)

不祥事のUMNOから首相
信頼回復とコロナ対策が課題

 ムヒディン前首相は後手に回ったコロナ対策や議会軽視の政権運営で7月以降、連立与党内での求心力を急速に失っていった。そしてムヒディン氏は先月16日、「議会の過半数の支持を失った」として辞任、内閣総辞職を余儀なくされた。

8月21日、クアラルンプールの王宮で首相就任の宣誓式に臨むイスマイルサブリ氏(AFP時事)

8月21日、クアラルンプールの王宮で首相就任の宣誓式に臨むイスマイルサブリ氏(AFP時事)

 マレーシアは3年前の総選挙で、万年与党だった統一マレー国民組織(UMNO)が敗北、92歳のマハティール元首相が首相に就任するという、劇的な史上初の政権交代が起きた。しかし、政権交代後は与党連合内の確執が続き、2年で終わったマハティール政権だけでなく、「選挙なきクーデター政権」とも言われたムヒディン政権も政局の安定化に失敗、1年半の短期政権に終わった。

 新たな政権を担うのは、弁護士出身のベテラン議員イスマイルサブリ氏だ。イスマイルサブリ氏は連立与党の最大勢力UMNO所属で、ムヒディン前政権では重要ポストの副首相兼国防相を務めた。選挙の洗礼を受けず、いったん下野した政党から再び首相を出すことになった。

 UMNOは長年政権を担い、多くの首相を輩出した名門政党だが、近年は所属議員らが関与した巨額の収賄事件など不祥事が相次いだ。

 とりわけ、マレーシアの経済振興を目的に2009年に設立された政府系ファンド「1MDB」をめぐる不正資金流用問題が政治不信の波紋を広げた経緯がある。これは1MDBが12年度に実施した債券発行で米金融大手ゴールドマン・サックスが主幹事を担当、総額65億ドル(約7300億円)の債券を引き受け、1MDBが発行した債券から27億ドル(約3000億円)を「不正に流用」することに手を貸した罪を問われたものだ。

 イスマイルサブリ首相は先月27日、組閣を終えた。

 注目されたのは、水面下で駆け引きが活発化していた副首相人事だった。副首相は慣例で閣僚が兼務。首相の代行職として大きな権限を持ち、マレー政界では次期首相候補のステップとも位置付けられるだけに従来、激しいポスト争奪戦が展開されてきた経緯がある。

 だが、今回はムヒディン前政権同様、副首相ポストそのものを外した。代わって、貿易産業相に留任したアズミン氏や前外相から国防相に横滑りしたヒシャムディン氏、ファディラ・ユソフ公共事業相(留任)、モハマドラズィ教育相(留任)ら4人が上級相を兼務し、連立与党内の権力バランス保持を優先した。

 一方、汚職事件で訴追され、ムヒディン前首相が入閣に強く牽制(けんせい)していたナジブ元首相やザヒド元副首相らの起用はなかった。2人とも政権与党UMNOの重鎮だが、先回の総選挙で敗退した憂き目の再来リスク回避を狙ってのバランス感覚が働いた模様だ。

 なおイスマイルサブリ新政権の政治課題は、政争に翻弄(ほんろう)されてきた政治の安定を取り戻し、崖っぷちに追い込まれている新型コロナウイルス感染危機からの脱却にある。

 マレーシアの1日当たりの新規感染者数は先月29日、2万1570人と過去最多を更新した。パンデミック(世界的大流行)以降、同国では感染者が170万人を超えた。人口3275万人のマレーシアは、単位人口当たりの感染者数が東南アジアの中で最悪だ。