米国の9州で相次ぎ中絶制限法、 国家二分する対立が再燃
米国の保守色の強い州で、人工妊娠中絶を厳しく制限する法律の制定が続いている。背景には、昨年秋に連邦最高裁判事の構成が保守派優位となり、中絶反対派が勢いづいていることがある。来年に大統領選を控える中、国論を二分する中絶をめぐり保守対リベラルで対立が再燃している。(ワシントン・山崎洋介)
「ロー判決」撤廃狙う保守派
南部アラバマ州で先月15日、中絶をほぼ全面的に禁じる「人命保護法」が成立した。同法は、性暴行被害や近親相姦(そうかん)のケースでも中絶を認めず、中絶手術を行った医師には禁錮99年の刑を科するという「米国で最も厳しい中絶法」(ワシントン・ポスト紙)だ。
他にも、ルイジアナ州やジョージア州などで、胎児の心拍が確認できるようになった時点で中絶を禁止とする「ハートビート法」が相次いで成立。胎児の心拍が確認できるのは妊娠6週目ごろのため、中絶が可能な期間を大幅に限定する内容となる。米メディアによると、今年に入り9州で中絶を厳しく規制する法律が成立した。
中絶の権利は、連邦最高裁による1973年の「ロー対ウェイド判決」で認められた。これは、中絶を規制する州法の大部分を違憲とした司法判断だった。しかし一方で、中絶に反対する勢力は、その後も根強く存在してきた。
CBSテレビが先月実施した世論調査によると、民主党支持者の66%は中絶が一般的に可能であるべきだと回答。これに対して、共和党支持者の82%が中絶を規制もしくは禁止する必要があると答えた。
アラバマ州の州法について、中絶擁護団体「プランド・ペアレントフッド」と人権団体「全米市民自由連合(ACLU)」は違憲だとして提訴している。これに対し、州法を推進した議員らは、こうした法廷闘争を通じ、最終的に連邦最高裁でロー判決が覆されることを狙っている。
こうした動きの背景には、トランプ大統領の就任以来、連邦最高裁が保守的傾向を強めていることがある。トランプ氏は2人の保守系判事を送り込み、最高裁は9人の判事のうち保守派が5人と過半数となったことで、ロー判決が覆される可能性が取り沙汰されている。
こうした中、共和党のトム・コットン上院議員は、先月19日のテレビ番組のインタビューで、中絶について「憲法の問題として判断するのは間違っている。これらは米国民が選挙による代表者を通して決定すべきだ」と主張。中絶の権利が国民の選挙によって選ばれた議会ではなく、司法判断で認められたことを問題視し、ロー判決を覆すことを支持している。
リベラル色の強い州では、これに対抗して中絶の権利を拡大させる法律を制定する動きが出ている。イリノイ州では今月12日、中絶を「基本的権利」と定める法律を制定した。法律には、子宮外でも胎児の生存が可能とされる妊娠後期の中絶を禁止する州法の廃止や、民間保険会社に中絶手術費用を負担することを義務付ける内容が盛り込まれ、中絶反対派による反発を招いている。
一方、トランプ氏はアラバマ州の州法が成立した3日後にツイッターで、「私は強固な中絶反対派だが、性的暴行と近親相姦、母体の保護の三つは例外だ。レーガン元大統領と同じ立場だ」と主張。急進的な立場とは距離を取りつつ、「過激な左派が後期妊娠中絶で自滅しようとしている」と指摘し、「われわれは結束し、生命のために2020年に勝たなくてはならない」と支持者に訴えた。
中絶を制限する州法をめぐる訴訟を連邦最高裁が取り上げるかは不透明で、仮に取り上げられたとしても実際にロー判決を覆すかは分からない。いずれにせよ、来年に大統領選挙を迎える中、中絶をめぐる議論はさらに高まりそうだ。