深刻化するベネズエラの人道危機

 反米左派マドゥロ大統領と野党指導者グアイド国会議長の対立で政情不安が続くベネズエラ。国際人権団体は「想像を超える」人道危機だとして国連に支援を訴えている。(サンパウロ・綾村悟)

食料・医薬品不足が顕著
政治対立は膠着状態

 南米北部に位置するベネズエラは、中東のサウジアラビアを超える世界最大の原油埋蔵量を誇る。だが、原油安や「21世紀型の社会主義」を目指し、社会保障に過度な比重を置いたことなどから財政が破綻、深刻な経済危機に見舞われている。ハイパーインフレと外貨不足で食料や医薬品は不足。隣国ブラジルやコロンビアには350万人を超える難民が流入し、その対応は周辺国の大きな負担となっている。

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医薬品を求めデモ行進するベネズエラの母娘=2018年4月、カラカス(AFP時事)

 政治的には、独裁的な体制を敷くマドゥロ大統領と、暫定大統領を名乗る野党指導者のグアイド国会議長が対立。マドゥロ政権に対する不満は、反大統領派による大規模なデモにつながっている。

 米ニューヨークに本部を置く国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は4日、「非常に深刻な食料・医療危機にあり、国連による大規模な人道支援が必要となっている」と警告する報告書を発表した。報告書は、HRWとその協力団体がベネズエラの医療・NGO関係者、難民、周辺国の政府関係者らに聞き取り調査を行ったものだ。

 ベネズエラの経済危機は2010年に始まったが、食料や医療面への影響は12年から顕著になり始めた。特に、17年以降は急速に悪化しており、その結果は調査団の予想をはるかに超えるものだったという。

 08年から15年までの7年間に、はしかへの感染は1件確認されただけだったが、17年以降は実に9300件を超える感染が報告されている。マラリアの感染もこの10年で10倍以上に増加。感染症対策に予算や人的資源を割けないため、拡大を防ぐこともできない状態だ。エイズウイルス(HIV)やジフテリアなどの感染も広がっており、新生児の死亡率はこの1年で30%も上昇した。

 現場からの報告によれば、入院患者は注射器や手術用のメス、さらには食事や飲料水まで、すべて自分で用意しなければならないケースもあるという。

 野党指導者のグアイド氏は今年2月、人道危機を打開するため、米国に食料・医薬品などの支援を要請、米政府は隣国コロンビアの国境に膨大な量の支援物資を送った。しかし、マドゥロ大統領は「ベネズエラに人道危機は存在しない」「支援物資は米国による侵攻の隠れ蓑(みの)だ」などと受け入れを頑(かたく)なに拒否した。

 こうした中、先月7日に発生したのが、全国規模の大停電だ。首都カラカスも巻き込んだ停電は1週間以上続き、通信や交通、水道に至るまであらゆる社会インフラに影響を与えた。停電は病院も直撃、人工呼吸器や透析器などが停止したことで、多くの患者が命を失ったと報じられた。マドゥロ氏は「停電は反大統領派による破壊工作だ」と批判したが、長年にわたるインフラへの投資不足が原因であることは明らかだ。

 ベネズエラの現状は、まさに社会システムが崩壊していると言っても過言ではないが、それでもマドゥロ政権の崩壊は見えてこない。

 今年1月に暫定大統領への就任を宣言したグアイド氏は、世界50カ国からの支持を受けており、特に米政権は「(武力侵攻を含む)全ての選択肢を講ずる」とまで断言、マドゥロ氏に退陣を強く迫ってきた。その一方で、マドゥロ氏は中露やキューバからの支持を受けている。

 そのロシアは先月25日、軍事顧問団と約100人の兵士をベネズエラに派遣、米国に対抗してマドゥロ政権を支援する姿勢を明確にした。また、ベネズエラの秘密警察はグアイド氏の側近を「テロ準備」の疑いで拘束。さらにはグアイド氏の国会議員としての不逮捕特権も剥奪することで、野党陣営の弱体化を図っている。

 先月の3度に及ぶ全国規模の停電では、マドゥロ氏の政権基盤である国軍の幹部が多く住む地区はどこよりも早く復旧したとされる。ロシアからの派兵も含めてマドゥロ氏による軍掌握は続いており、政局は膠着(こうちゃく)状態にあるのが現状だ。