ベネズエラ危機、米露衝突の場にも

 目まぐるしく情勢が変わる南米ベネズエラの政治危機。反米左派ニコラス・マドゥロ大統領と、野党指導者フアン・グアイド暫定大統領による権力争いは、世界の主要国による代理戦争の様相も呈している。
(サンパウロ・綾村悟)

「二人の大統領」で世界二分

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 昨年12月10日、ベネズエラの首都カラカス近郊の空港にロシアのTU160超音速爆撃機が着陸した。名目はベネズエラ軍との合同演習のためとされているが、派遣された爆撃機2機は「ブラックジャック」と呼ばれる最新型で、航続距離は1万キロ以上、最高速度はマッハ2に達する世界最大の超音速爆撃機だ。核兵器も搭載できる。

 ロシアがベネズエラに同機を派遣するのは、2010年から3度目。ベネズエラは、前チャベス政権時代からロシアと軍事関係を強化しており、原油を担保として、攻撃型ヘリや戦車、小火器や数千発とも言われる携行型ミサイルを購入してきた。

ボルトン米大統領補佐官(左)とムニューシン財務長官

1月28日、ベネズエラへの対応についてホワイトハウスで記者会見するボルトン米大統領補佐官(左)とムニューシン財務長官(UPI)

 ベネズエラは南米大陸の北端に位置するほか、世界最大の原油埋蔵量を誇る。地政学かつ戦略物資確保の観点から、米国にとって反米左派のマドゥロ政権は「目の上のたんこぶ」とも言える存在だ。1999年にチャベス前政権が誕生するまで、ベネズエラでは親米政権が続き、米石油メジャーから多くの投資が向かっていた。

 爆撃機がベネズエラを訪問してから1週間後、ロシアがベネズエラ沖のラ・オルチラ島に軍事基地を建設するというニュースが報じられた。ロシアは2014年の時点から、ベネズエラや同じく左派が政権を握る中米ニカラグア、共産党一党独裁制のキューバなどに軍事基地を建設したいと表明してきた経緯がある。

 ロシアが建設を目指す基地に飛行場が建設された場合、米国までの距離はマイアミまで約2400キロ、首都ワシントンは3700キロだ。中距離核戦力(INF)全廃条約をめぐりロシアと対立する米国としては、見逃せない事案だ。

 ベネズエラ情勢は今年に入り、一気に主要国を巻き込みながら、世界を二分することになる。

 米国やカナダ、ブラジルなど米州や欧州諸国などがグアイド暫定大統領を承認、新たな大統領選挙を求める一方、中露やキューバ、トルコなどはマドゥロ大統領の正統性を主張、「他国の内政に干渉するべきではない」と米国の動きを批判している。

 米国は先月28日、原油輸入禁止の経済制裁に踏み切った。米国はベネズエラにとって最大の原油輸出国で外貨獲得の命綱。「米国が承認する暫定政権にのみ原油代金を支払う」と、マドゥロ政権を干上がらせる作戦に出た。

 さらに、トランプ大統領は3日、「武力行使も選択肢」の一つと発言、ベネズエラ情勢は一気に緊迫化した。米メディアは、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が手にしていたノートに「米兵5000人をコロンビアに」と書かれていたと報道しており、ベネズエラへの軍事介入が実際に想定されている事態であることが分かっている。

 これに対し、ロシアは先月末、数百人規模の民間傭兵(ようへい)部隊の派遣を決めるなど、実質的な軍事支援に乗り出したとの報道がある。また、米南方軍のフォーラー司令官は、数万人規模のキューバ兵と情報機関員がすでにベネズエラに駐在してマドゥロ政権を支えていると指摘している。

 現在、ベネズエラで起きていることは、まさにシリアで繰り広げられた「米露代理戦争」の様相も見せ始めているのが現状だが、内戦には至らないと見る国際問題の専門家も多い。

 早期対話の実施は決して容易ではないが、300万人を超える難民がすでに発生、食料や医薬品が欠乏するなど人道危機に発展しており、仲介に向けた努力も必要とされている。