混迷のベネズエラ情勢、鍵握る軍部の動向
ベネズエラでは、強権政治を続ける反米左派のマドゥロ大統領とグアイド暫定大統領の「2人の大統領」がそれぞれ正統性を主張、国際社会も両者の承認をめぐって真っ二つに分かれている。混迷を深めるベネズエラ情勢の行方を大きく左右すると見られているのが軍部の動きだ。
新政権下で訴追恐れる
相次ぐ反政府デモや国際社会からの圧力にも動じないマドゥロ氏の強固な政治基盤は、軍部の掌握の上に成り立っているからだ。事実、ベネズエラでは軍の動きが重要な位置を占めてきた。
現職のマドゥロ氏を後継者にした故チャベス前大統領(在任期間1999~2013年)は元軍人。チャベス氏は、1992年にクーデターを試みて失敗し投獄されたが、このクーデターが後の政治運動で国民からの支持を集める契機となった。チャベス氏が起こしたクーデターは、89年に発生した「カラカス暴動」の際、国軍が民衆に発砲して700人以上の死傷者を出したことに反発したものだ。チャベス氏は釈放後に政治運動を開始し、99年の大統領選挙で貧困層から絶大な支持を得て当選した。
その後、2002年に軍部によるクーデターが発生、チャベス氏は監禁されて反大統領派が一時的に権力を掌握するが、貧困層を中心としたチャベス氏支持の大規模デモが発生、軍部がチャベス氏支持に再度傾いたことでクーデターは失敗に終わっている。
チャベス氏は、クーデターの発生前より国軍との関係を強化してきたが、現在のマドゥロ政権につながるものが、国軍の幹部らに利権の絡む政府要職や国営企業のポストを与えたことだ。
また、ベネズエラの反米左派政権は「21世紀型の社会主義実現」を目指してきたが、その過程では、強権政治が行われてきた。国軍や治安部隊、特殊警察は、デモに対する厳しい鎮圧や政治犯の投獄、拷問など数々の人権侵害に関わってきた。多くの野党指導者が政治犯として投獄されたり、海外への亡命を余儀なくされている。
それだけに、軍関係者は、新政権下で利権から外されるだけでなく、人権侵害の罪で訴追されることを最も恐れているという。
グアイド氏は、軍関係者に対して恩赦を用意していると明言する。ただし、被害者家族からの追及や新政権下での政治的な思惑により、恩赦が覆される可能性もある。
南米チリでは、1970年代の軍部による独裁政治に対して現在も裁判が続いており、人権侵害に対する厳しい判決が続いている。また、最近では、人権侵害に関与した罪で投獄されていたフジモリ元ペルー大統領が恩赦を与えられたが、被害者家族の訴えを契機に恩赦が覆された。人権意識の高まりは世界的な流れだ。
混迷のベネズエラ情勢に対し、ラテン・アメリカ地域で絶大な敬意を受けるフランシスコ・ローマ法王も高い関心も見せており、仲介に積極的だと言われている。法王は、頓挫しかけていたコロンビア内戦の和平交渉を一気に促進させたことでも知られる。
ベネズエラ情勢では平和的な解決が望まれるが、新政権への移行プロセスに向けた協議には、マドゥロ、グアイド氏双方が納得できる仲介役の存在に加えて、軍部を納得させるだけの内容も必要となっている。
(サンパウロ綾村悟)