南米ベネズエラ、国内分裂・内乱の危機
強権独裁進める大統領
中南米の主要国の一つ、ベネズエラが国家崩壊の危機にある。経済破綻への道を進む中、政治面でも反米左派マドゥロ政権が強権独裁に舵(かじ)を切り、混乱は増すばかりだ。
(サンパウロ・綾村 悟)
各地で続く反政府デモ
ベネズエラは世界最大の原油埋蔵量を誇る石油大国だ。1970年代の石油ショック時には、「南米のサウジアラビア」と呼ばれるほどの富を原油で稼ぎ出した石油輸出国機構(OPEC)の主要国でもある。
しかし、当時の二大政党制による保守政治は政治腐敗にまみれて格差問題を解決することができず、貧困層の不満が高まっていた。そこに出てきたのが、腐敗撲滅と貧困層の救済を訴えた故ウゴ・チャベス前大統領だ。元陸軍士官のチャベス氏は、二大政党有利との下馬評を覆して98年に大統領に就任した。
反米左派で知られたチャベス氏は、原油輸出で稼ぎ出した外貨を利用して、貧困層向けに手厚い社会保障制度を導入。同氏の政治理想「21世紀型の社会主義実現」に共感する熱狂的な支持層を生み出した。同氏の独裁的な政治手法は強い反発も招いたが、原油高の恩恵もあり、政治基盤は盤石だった。
ただし、チャベス時代の財政支出は、社会保障制度や左派系の近隣諸国に対する支援に傾倒、放漫財政とインフラに対する投資不足はその後、ベネズエラ経済を崩壊寸前の状況に追い込むきっかけとなった。
チャベス氏が2012年に死去し、正式な後継者として現れたのが、13年4月に就任した現職のニコラス・マドゥロ大統領だ。
そのマドゥロ政権を襲ったのが、長期にわたる原油安と中国経済の失速だ。外貨不足に苦しむベネズエラの最後の頼みの綱は中国からの投融資だ。しかし、原油安は担保としての原油の価値を下げた。ベネズエラの外貨獲得はその96%を原油輸出に頼っており、原油安は危機的な財政状況をもたらした。
現在のベネズエラはインフレ率が世界最悪、食料や日用品、医薬品などの物資も慢性的に不足している。各地のスーパーで必需品を手に入れようとする人々の長い行列が発生。暴動や略奪も起き、治安悪化で社会不安は極限にまで達している。
国民の不満は15年末の国会選挙での野党勝利にもつながった。国会を野党に牛耳られると、マドゥロ大統領は強権的な政治手段を採用した。マドゥロ氏が最高裁の判事を政権支持派で固めると、最高裁は今年5月、国会の立法権を停止するとの判断を下した。
野党側は最高裁の決定後から支持者らと共に反政府デモを全国各地で開催。デモは現在も続いており、治安部隊や政権支持派との衝突で100人以上の死者を出す事態となっている。
デモの衝突が続く中、マドゥロ氏は憲法改正に向けた制憲議会の招集を発表した。マドゥロ氏による憲法改正の狙いは大統領権限の強化などにあり、反発した野党側は7月30日に実施された制憲議会選挙をボイコットした。その結果、制憲議会の全議員が大統領派で占められた。
制憲議会は国会の立法権を制憲議会に移譲することなどを決定したが、野党議員らは反発、米州機構に属するブラジルやカナダなどは「民主的な政治を行うべきだ」と批判している。
現在のベネズエラは、政権側が立法と司法を一手に握るという、一党独裁に限りなく近い政治体制となっている。そのため、現政府に対抗する野党側は、反政府デモや海外からの圧力に頼らざるを得ないのが現実だ。
さらに、破綻寸前とも言われるベネズエラ経済は、国民の生活を追い込んでおり、国民の不満は爆発寸前だ。
強権政治を続けるマドゥロ氏だが、最近では一部の軍人が反乱的な事件も起こしており、国内外から内戦化を憂う声も出始めた。
国内の深刻な衝突を避けるには、米州各国やバチカンが呼び掛ける、政府と野党による対話要請にマドゥロ政権が真摯(しんし)に耳を傾ける必要がある。しかし、強権化がますます強くなる現状では、効果のある対話の実現は厳しいのが現実だ。
平和的な手段としては、18年末に予定されている大統領選が透明性が保たれる形で実施され、国民が今のベネズエラを任せるに足る政治家を選出することだ。それまでベネズエラ社会が均衡を保つことができるかどうか注目される。