「米軍再建」目指すトランプ大統領
イスラム圏7カ国からの一時的な入国禁止措置など国内外から批判を浴びるトランプ米大統領の外交・安全保障政策。だが、日本として歓迎すべき分野があることも見落としてはならない。「米軍再建」の取り組みだ。オバマ前政権下の急激な国防費削減で戦力が著しく低下した米軍の立て直しは一朝一夕にはいかない。それでも、「強い米国」の復活を目指すトランプ氏の姿勢は、厳しさを増すアジア太平洋地域の安全保障環境にとって好ましい方向性だ。(ワシントン・早川俊行)
アジア安全保障に好影響
オバマ政権下の国防費強制削減の傷跡深く
先月27日に発表され、大きな物議を醸す入国禁止の大統領令の影に隠れてしまった感があるが、トランプ氏は同じ日に「米軍再建」を指示する覚書に署名している。覚書は「力による平和を追求するため、米軍再建を米国の政策にしなければならない」と宣言。トランプ氏は大統領選で、陸軍現役兵力を54万人に、海軍艦艇を350隻に、空軍戦闘機を1200機以上に、海兵隊を36大隊に、それぞれ増強すると主張していた。
世界最強の米軍が「再建」を必要とする状況に陥ってしまったのは、オバマ政権下の国防費強制削減で戦力が戦後最低レベルにまで低下してしまったからだ。有力シンクタンク、ヘリテージ財団のトーマス・スポア国防部長は「陸軍は第2次世界大戦以降で最小、海軍は第1次世界大戦以降で最小、空軍もパイロットと整備員の壊滅的な不足に苦しんでいる」と指摘する。
陸軍のダニエル・アリン副参謀総長は今月7日の下院軍事委員会の公聴会で、50ある旅団戦闘団のうちすぐに展開できるのは三つしかないと証言。国防費強制削減は「訓練不足で装備が不十分な兵士たちを危険にさらすリスクを増大させている」と主張した。
覚書は国防長官に対し、著しく低下する米軍の即応態勢を30日間で検証し、60日以内にこれを改善する行動計画の提出を命じている。また、老朽化が進む核戦力を「21世紀の脅威を抑止し、同盟国を安心させるのに適合した」ものにするため、新たな「核態勢の見直し(NPR)」の作成を指示。弾道ミサイル防衛についても、強化に向けた新たな態勢見直しを命じた。
トランプ氏に呼応する形で、共和党のジョン・マケイン上院軍事委員長は今後5年間の国防費を4300億㌦(約49兆円)増額するプランを発表している。マケイン氏はトランプ氏の親ロシア姿勢などに極めて批判的だが、米軍再建についてはウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿で「完全に同意する」と明言。「レーガン元大統領が最も偉大な大統領の一人として記憶されるのは、米軍を再建し、力によって平和を確保したからだ。トランプ氏も同じ機会を得ている」と論じた。
ただ、マケイン氏も「8年間で米軍にもたらされた損害はすぐには消えない」と認めるように、米軍再建は簡単な道のりではない。
軍事専門誌「ディフェンス・ニュース」は、海軍の空母艦載機FA18戦闘攻撃機が資金不足で整備が遅れ、実に62%が運用できないという危機的状況に陥っていると報じた。海軍は国防費の強制削減に対処するため、メンテナンス予算を大幅に切り詰めた結果、艦載機だけでなく水上艦や潜水艦も含め、整備が次々に中止・延期されている。空母戦闘群がもたらす打撃力は、アジア太平洋地域における米軍の抑止力の要であるだけに憂慮すべき事態だ。
トランプ氏は海軍艦艇を現在の約270隻から350隻へと増やすことを目指しているが、それと同時に既存の艦艇や航空機を整備することも喫緊の課題になっている。ヘリテージ財団のジョン・ベナブル上級研究員は、保守系ニュースサイト「ワシントン・フリー・ビーコン」に「運用できない状態にあるF18を修理するのに数年かかるだろう。トランプ政権が海軍に必要な資金をすべて与えても追い付かないだろう」との見通しを示した。
このように、米軍再建は口で言うほど簡単ではないのが現実。2011年予算管理法に基づく国防費の強制削減措置も、議会で撤廃されることが確定したわけではない。それでも、トランプ氏の覚書は米軍再建の「第一歩」(スポア氏)であり、議会で過半数を制する与党共和党がこれを支持していることから、オバマ政権下で進んだ戦力低下の流れが反転に向かうのは間違いない。
中国の急速な軍拡と海洋進出、北朝鮮の核・ミサイル開発などアジア太平洋地域の安全保障環境が厳しさを増す中、米軍の抑止力が高まることは日本にとって極めて大きな意味を持つ。マケイン氏はこの地域の安全保障強化のために、5年間で計75億㌦を支出する「アジア太平洋安定イニシアチブ」を提案している。