保守回帰進むブラジル

労働党、統一地方選惨敗

 ブラジルで10月、統一地方選挙が実施された。結果は、13年以上政権の座に就いてきた左派系労働党の没落と保守回帰の流れが明確となった。有権者は既存政党への強い不信感を抱いているのが現状だ。
(サンパウロ・綾村 悟)

リオ市長に元福音派牧師
18年の大統領選は不透明

 ブラジルは現在、ルセフ前大統領の弾劾裁判による退陣(8月)を受け、保守中道系の連立与党が政権を握っている。その中で10月2日、統一地方選挙が実施された。2002年の第1次ルラ政権誕生以来、左派・労働党(PT)の長期政権が続き、地方も労働党の勢いが強かったが、今回の地方選では、多くの労働党首長が保守・中道候補に敗れる事態となった。

クリベラ

リオ市長当選を喜ぶクリベラ候補(中央)(FernandoFrazao/Agencia Brasil)

 また、今回の地方選では、一部の有権者が左派主流の労働党に見切りを付け、より急進的とされる左派政党を支援するケースも見受けられた。こうした状況を象徴するのが、夏季五輪が開催されたブラジル第2の都市リオデジャネイロの市長選挙だ。人口600万人を抱える同市の市長選挙は、南米最大の都市サンパウロと並んで注目を集める統一地方選の目玉でもあり、大統領選挙に向けた重要な票田として各政党も力を入れる。

 リオ市長選挙は決選投票となって10月30日までもつれ込む激戦となったが、候補者2人がその政治色故に今回の地方選で最も注目を集めた。1人はブラジルの福音派を代表するメガ教団「神の王国ユニバーサル教会」(以下ユニバーサル教会)の創始者一族として知られるマルセロ・クリベラ上院議員だ。同候補が所属する「ブラジル共和党(PRB)」は、福音派の国会議員が集まりながら、国政や地方政治の動向に欠かせないキャスチングボートを握る中政党で、ルセフ前政権下の連立与党だった。

 クリベラ候補はユニバーサル教会の元牧師(アフリカ宣教師)としても知られ、知名度は抜群だ。クリベラ氏の叔父、ユニバーサル教会創始者のエジル・マセド牧師はブラジルの著名人で、同氏が書いた宗教書はブラジルのベストセラーになっている。

 クリベラ氏は、宗教保守の背景を持つとともに同性愛や他宗教を批判する発言でも知られており、労働党政権が勢いを持っていた昨年までならば、決選に進むまでの支持を集められなかった可能性が高い。

 しかし、ブラジル最大の汚職事件となった国営石油会社をめぐる不正献金疑惑で労働党の幹部や政治家が逮捕されるだけでなく、果てはルラ元大統領までが捜査の対象となり、労働組合や社会運動出身の左派系政治家に対する評価が地に落ち、保守回帰の現象を生み出した。

 もう1人の候補は、労働党より急進的な左派政党である社会主義自由党(PSOL)から出馬した元歴史教師のマルセロ・フレイショ氏だ。リオ市職員でもあるフレイショ氏の支援者らは、クリベラ候補の宗教保守、思想的な背景を「危険」と批判し、フレイショ氏を人権派として支持を集めようとした。

 この2人による決選投票となったリオ市長選は、ブラジルメディアが「福音派保守対急進左派」の構図で報道、ブラジル中から注目を集めることになった。決選投票の結果、クリベラ氏が60%近くの票を得て、ブラジル第2の都市に保守系福音派出身の市長が誕生することになった。

 ブラジルの有権者は、これまでは、政治家の思想的な背景よりも政策や選挙イメージを重視する傾向が強かったが、今回の選挙では「クリベラ氏の当選は、ブラジルの保守回帰を代表するものだ」(マルコス・ピント氏、政治アナリスト)という評価が聞こえる。

 また、今回の地方選では、既存の主要政党から独立系や中政党の候補に票が流れている。有権者は既存政治への極端な不信感から投票行動を見直しており、「ブラジルの政治は分裂と(有権者による)再確認の時代に突入している」(ブラジル・バルガス財団関係者)との見方も浮上。リオ市長選で主要政党の候補は決選投票に残らなかった。

 特に労働党の衰退が決定的となった。労働党は、今回の地方選で政権担当時から60%以上の勢力と議席を失った。ルラ政権当時に最高80%近い支持率を得た時代とは隔世の感がある。

 ただし、保守回帰の流れも連立与党が手放しに喜べる状態ではない。現職のテメル大統領の支持率は低く、経済危機下では財政改革が一刻の猶予も許されない状況となっている。現政権は、空港自由化など主要インフラ売却や教育予算の長期凍結、年金改革、公務員削減を通じて支出を減らした分、景気対策への予算を拡大しようとしている。

 しかし、教育予算の凍結や年金削減は、有権者の反発を買う両刃(もろは)の剣でもある。実際に教育予算の凍結をめぐっては全国各地の学校で反対する生徒による立てこもりが発生、大学入試の共通試験(ENEM)の分割延長などが余儀なくされている状態だ。

 2018年には大統領選挙が予定されている。国政レベルでブラジルの保守回帰が鮮明となるのか、それとも大統領選に出馬するか注目されるルラ元大統領がそのカリスマ性で復活を遂げるのか、まだ南米に大きな影響を与える大国の意向を読み切ることはできない。