解任要求進み窮地のベネズエラのマドゥロ大統領
政権延命に非常事態宣言
南米最大の産油国として知られるベネズエラに政治・経済両面の危機が訪れている。野党をはじめとする反大統領派は、深刻な内政危機を招いた大統領の責任を追及、大統領解任に向けた署名活動を進めてきた。これに反発するマドゥロ大統領は非常事態を宣言、情勢は混迷を増すばかりとなっている。(サンパウロ・綾村 悟)
インフレ、高失業率、凶悪犯罪、停電
「21世紀型社会主義」悲惨な結末に
「21世紀型の社会主義を実現する」。反米左派の故ウゴ・チャベス元ベネズエラ大統領が目指した理想社会は、今や跡形もないほどの悲惨な結末を迎えようとしている。
もともと、親米派だった産油国のベネズエラに、チャベス大統領による反米左派政権が誕生したのは1998年。それ以後、チャベス氏は、国会掌握や憲法改正、反大統領派のメディア閉鎖や最高裁、選管の掌握などを通じて、半ば独裁的とまで言われる堅固な政治体制をつくり上げてきた。
その政治体制を支える強固な政治基盤となってきたのは、南米最大の産油国であるにもかかわらず、格差社会の中で苦しんできたベネズエラの貧困層とチャベス氏の政治理想に共鳴する人々だ。チャベス大統領は、膨大な社会保障費を投入、同国の貧困層に食料や住居や医療などを届け、「チャビスタ」と呼ばれる熱烈な支持層をつくり上げてきた。
さらに、チャベス政権は、経済封鎖で苦しむキューバや他の中南米諸国に向けて安価で原油を供給。中南米で次々と左派政権が誕生する大きな力となった。それまでの対米追従型だった中南米にもう一つの極をつくり出してきた。チャベス氏は、国連の場でも名指しで米大統領を批判するなど、内政・外交共に近年の南米で政治家としての異彩を放った。
半面、チャベス大統領(2012年にガンで死亡)と後継者のニコラス・マドゥロ大統領(2013年就任)が行ってきた社会主義的な政策は、世界の主要産油国として原油輸出が稼ぎ出す膨大な外貨に支えられてきたものであった。
一方で、社会保障への過度の支出と民営企業の国営化や土地の国有化は、経済成長に欠かせない産業育成を停滞させた。
原油を担保とした中国からの莫大(ばくだい)な投融資が近年は最後の砦だったが、ここに来てベネズエラを襲ったのが世界的な原油安と中国経済の大幅減速だ。
数年前より生活必需品不足が深刻化していたが、長引く原油安の打撃は深刻で、食料品や医薬品の不足だけでなく、南米で最も厳しい年率数百%にも及ぶインフレや高い失業率、世界最悪レベルの凶悪犯罪率を招いた。果てには毎日何時間もの停電に苦しんでいるのが現状だ。
このような状況下でマドゥロ政権が国民の支持を維持できるはずもなく、昨年12月の総選挙では与党が惨敗、反大統領派の野党が国会で多数派となり、実に十数年ぶりに国会での与野党逆転が起こった。
勢いに乗る野党は、大統領不信任案(リコール)の成立に向けて動き、国民投票の実現に向けて必要となる約400万人の署名を進めていた。各種世論調査では、国民の過半数が政権交代を望んでいるとの数字もあり、実際に国民投票が実施された場合には、マドゥロ大統領の解任もあり得る状況だった。
しかし、反大統領の動きに対して、マドゥロ大統領が最高権力者の「伝家の宝刀」を抜いた。マドゥロ大統領は今月13日、ベネズエラ全土に国家転覆の恐れがあるとして60日間(最大120日間)の非常事態宣言を発令した。あからさまな政権延命策でもあり、イストゥリス副大統領は、非常事態宣言が有効である限り、大統領の罷免を問う国民投票は実施しないと強調している。
反大統領派は、元ミランダ州知事のカプリレス氏を中心に各地で反政府デモを続けている。首都カラカスでは、デモ隊と警官隊が衝突。カプリレス氏は、国軍に向けてクーデターの要請とも取れる発言までを行っているほどだ。
南米諸国連合などの南米各国は、事態収拾のために特使を派遣するなど、あくまでも民主的な手段と対話によってベネズエラの混迷窮まった情勢を打開しようとしている。
ベネズエラの原油埋蔵量は、世界最大の産油国サウジアラビアをも上回ると言われている。「21世紀型の社会主義」実現を目指してきたものの、あまりにもバランスを欠いた政策を実行し続け、かつ国内対話を拒んできたことが、実に大きな代償となってベネズエラ国民に降り掛かっている。