性転換者トイレ使用制限などの撤回求め 米企業の事業撤退圧力相次ぐ

同性愛禁止の国には積極的進出

「二重基準」「偽善」との批判も

 トランスジェンダー(性転換者)などの性的少数者(LGBT)らが出生時の性別とは違うトイレを使用しないよう定めた米南部ノースカロライナ州の法律などに対し、大手企業が事業の撤退や縮小をちらつかせる「圧力」が相次いでいる。ただ、こうした企業は同性愛行為を厳しく取り締まる国に進出する際には問題に介入しないという「ダブルスタンダード」(二重基準)の姿勢を示しているため、保守派を中心に疑問の声が上がっている。(ワシントン・岩城喜之)

 ノースカロライナ州議会は先月23日、出生証明書に記載された性別のトイレと更衣室を使用するよう求めた州法「HB2」(通称・トイレ法)を全米で初めて成立させた。だが、この直後から大手企業が「LGBTへの差別につながる」として、同州法の撤回を求めて圧力をかけるようになった。

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米ノースカロライナ州で成立した「トイレ法」などに対して圧力をかける企業を批判するテッド・クルーズ上院議員(UPI)

 オンライン決済サービス会社のペイパルは、同州で予定していた業務センターの建設を白紙撤回すると表明。これ以外にも、ドイツ銀行が従業員を増やす計画を取りやめたほか、米金融大手バンク・オブ・アメリカや米化学大手ダウ・ケミカルなどノースカロライナ州に拠点を置く企業が相次いで「トイレ法」の撤回を求めた。

 こうした企業の圧力に対して、米大統領選の共和党候補指名争いで2位につけているテッド・クルーズ上院議員は「見ず知らずの成人男性と小さい女の子をトイレで二人きりにすべきではない。これは保守やリベラルという話ではなく、基本的な常識の問題だ」とし、企業の要求を受け入れる必要はないと強調。ノースカロライナ州選出のマーク・ウォーカー米下院議員も「もし、LGBTのふりをした性犯罪者が女性のトイレに入ってきたらどうするのか」と述べ、企業の圧力を批判するなど「トイレ法」をめぐる議論は全米に拡大している。

 一方、ジョージア州では先月、「信教の自由」を理由に聖職者が同性婚を執り行わない権利などを認める「宗教の自由法」が州議会を通過した。これに対して米娯楽・メディア大手ウォルト・ディズニーは、州法を成立させればジョージア州から事業を撤退させると通告。アップルやコカ・コーラ、マイクロソフトなどの大手企業も相次いで同法案への反対姿勢を鮮明にした。

 こうした動きを受け、ネイサン・ディール同州知事は法案への署名を拒否。同知事は「企業の(廃案)要求に応じたわけではない」と強調したが、日に日に高まる企業圧力の影響が全くなかったとは言えない。

 というのも、同州当局によるとディズニーなどの映画製作会社は昨年同州に60億㌦(約6600億円)近い経済効果をもたらし、約8万人の雇用を生み出した。このため、ディズニーをはじめとした大手企業が軒並み撤退すれば、大きな経済的打撃となることは必至だからだ。

 保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のライアン・アンダーソン上級研究員は「企業のいじめが『宗教の自由法』を殺した」と批判し、議会を通過した法案が企業の圧力によって廃案に追い込まれる状況に強い懸念を示している。

 またアンダーソン氏は、米国内と人権問題を抱える国とで企業側が態度を変える「ダブルスタンダード」(二重基準)があると指摘する。

 米紙ワシントン・タイムズによると、ノースカロライナ州で新施設の建設を取りやめたペイパルは、マレーシアやシンガポールなどに大きな事業所を開設している。だが、マレーシアでは同性愛行為に対して20年以下の懲役、シンガポールでも2年以下の懲役が科せられることにペイパルは目をつぶったままだ。

 共和党のロバート・ピッテンジャー下院議員は、ペイパルが事業を展開する国のうち、25カ国で同性愛行為が禁止され、そのうち5カ国では死刑になると指摘。ペイパルがこうした国々に対してLGBTへの差別を理由に圧力をかけたことはなく、「非常に偽善的だ」と強調する。

 また、アップルやマイクロソフトなどが米国内で圧力を強める一方、同性愛者の権利が制限されている中国やキューバでは積極的に事業展開していることに対する批判もある。

 アンダーソン氏は「キューバがノースカロライナ州よりも人権を大切にしていると言えるのか」と疑問を呈し、「(企業の圧力は)二重基準と偽善を抱えている」と強く非難する。