「トランプ米大統領」誕生なら世界はどうなる
日米関係・アジア安保に悪影響も
米大統領選の共和党候補指名争いで、“暴言王”の実業家ドナルド・トランプ氏が指名を獲得する可能性が高まっていることを受け、米外交専門家の間で懸念が広がっている。日本に批判的な発言を繰り返すトランプ氏が実際に大統領になれば、日米関係にきしみが生じ、アジア太平洋地域の安全保障にも否定的な影響が及ぶ恐れがある。
(ワシントン・早川俊行)
同盟軽視、プーチン氏を尊敬
専門家「核ボタン委ねていいのか」
「メキシコ、中国、日本を打ち負かす」――。トランプ氏が貿易問題で他国を批判する際、メキシコ、中国とともに必ず名指しするのが日本だ。日本の「円安誘導」で、建機大手コマツが米キャタピラーから不当に利益を奪っていると主張することも多い。
日米同盟については、「日本が攻撃されたら、米国は第3次世界大戦を始めなければならない。米国が攻撃を受けても、日本は米国を助ける必要がない」と、日米安全保障条約の片務性を問題視。日本を「安保ただ乗り」とみなすトランプ氏が大統領になれば、特に沖縄県・尖閣諸島に対する防衛義務を果たすかどうか、大きな疑念が生じることは間違いない。
笹川平和財団米国のトビアス・ハリス、ジェフリー・ホーナン両研究員はナショナル・インタレスト誌(電子版)で、日本の自動車メーカーが米国各地に工場を建設し、多くの米国人を雇っていることを挙げ、日本が米国から雇用を「盗んでいる」とするトランプ氏の主張は誤りだと指摘。安保面でも、日本がより大きな責任を果たそうと取り組んでいることや、多額の在日米軍駐留経費を負担していることを「無視している」と断じた。両氏はその上で、事実に反する「不当」な日本バッシングは、「重要な時に重要な地域の重要な関係に支障をもたらすだけだ」と非難した。
トランプ氏は米韓同盟についても、「米国は韓国に2万8000人の兵士を置いているが、そのコストに対して何も得ていない」と主張。これについて、ブッシュ前大統領のスピーチライターを務めたワシントン・ポスト紙のコラムニスト、マイケル・ガーソン氏は、1950年にディーン・アチソン米国務長官が韓国は防衛ラインの外側と示唆して韓国動乱を誘発したことを念頭に、韓国に対する安全保障を弱めることは「戦争を招く可能性がある」と強い懸念を示した。
トランプ氏はまた、北朝鮮の金正恩第1書記を中国に暗殺させて核問題の解決を図ると語ったが、有力シンクタンク、外交評議会のマックス・ブート、ベン・スティール両上級研究員はウィークリー・スタンダード誌で、「北朝鮮への制裁に反対する中国指導部がトランプ氏の要求で暗殺に応じる可能性は極めて低い」と、現実離れした主張を一笑に付した。
日韓というアジアの主要同盟国に否定的姿勢を示す一方で、トランプ氏が強い敬意を抱くのがロシアのプーチン大統領だ。プーチン氏が政府に批判的な複数のジャーナリストを暗殺した疑惑について、トランプ氏は「少なくとも米国にはいない指導者だ」と、非難するどころか、逆に称賛するような発言をしている。
トランプ氏は1989年の天安門事件で民主化運動を武力弾圧した中国指導部に対しても、過去に「凶悪で残虐だが、強さをもって鎮圧した。強さの力を示した。米国は今、世界から弱いと見なされている」と語ったことがあり、強権的リーダーシップを理想としていることがうかがえる。先月、イタリア旧ファシスト政権の独裁者ムソリーニの言葉を引用して反発を浴びたが、これもトランプ氏の「権力観」の一端を示すものだ。
ジョージ・メイソン大学のコリン・デュエック准教授はナショナル・レビュー誌(電子版)で、「トランプ氏には同盟国と敵対国の明確な区別がない。尊敬するプーチン氏のような一部独裁的指導者を除き、全ての外国人に対し、本能的に画一的な反感を抱いているように見える」と指摘。「トランプ氏が大統領になれば、世界はより危険になる」と断言した。
外交問題への理解不足とともに憂慮されるのは、短気で独善的なトランプ氏の気性だ。デュエック氏は「トランプ氏の性格、判断、意思決定スタイルには深刻な欠陥がある」と指摘。「我々は本当に核兵器を手にしたトランプ氏を望んでいるのか」と、同氏に核兵器のボタンを委ねるのは極めて危険であるとの見方を示した。
トランプ氏に対する懸念は共和党の外交サークル内で急速に広がっており、100人以上の識者がトランプ氏の指名阻止を訴える連名の公開書簡を発表。書簡は①発言が孤立主義から軍事冒険主義にまで振れるトランプ氏のビジョンには一貫性がない②貿易戦争は経済的大惨事を招く③反イスラムレトリックは過激主義との戦いを難しくする④日本など同盟国は米国の防衛に対して金を払うべきだとの主張はゆすりだ⑤プーチン氏のような独裁者を称賛することは米国の指導者には許されない――などと主張している。