トランプ氏「ロシア疑惑」起源の捜査

スティール文書の情報源を起訴

米連邦捜査局(FBI)に虚偽の供述をしたとして起訴されたロシア人研究者イゴール・ダンチェンコ氏(本人ツイッターより)

 2016年米大統領選でのトランプ陣営に対する捜査の起源について調査するジョン・ダーラム特別検察官は、連邦捜査局(FBI)に虚偽の供述を繰り返したとして、ロシア人研究者のイゴール・ダンチェンコ氏を起訴した。同氏はロシア疑惑の発端となった根拠の乏しい「スティール文書」の主要な情報源とされ、起訴状により文書作成のより詳しい経緯が明らかになった。(ワシントン・山崎洋介)

「メディアの誤り」露呈

 トランプ陣営が16年大統領選でロシアと共謀したとするスティール文書は、その内容が検証されないまま、メディアで大々的に報じられ、疑惑が真実であるかのような印象がつくられていった。

 MSNBCテレビの司会者レイチェル・マドー氏は17年12月、同文書を作成した英情報機関の元諜報(ちょうほう)員クリストファー・スティール氏が「ロシア内部の深く覆われた情報源」から情報を得ていたと発言していた。だが今回起訴されたダンチェンコ氏は、ワシントンのシンクタンク、ブルッキングス研究所の一研究員だった。

 米メディアでは当初、同文書の情報源として、ベラルーシ出身のビジネスマンで、ロシア米国商工会議所会頭のセルゲイ・ミリアン氏の名前が挙がっていた。トランプ氏の不動産をロシア人に販売する仕事に携わっていたと主張しており、本人が自覚しないまま、第三者を介してスティール氏の情報源になったとされた。

 中でも、ワシントン・ポスト(WP)紙は、17年3月に「『情報源D』とは誰か? トランプ・ロシア文書の最もみだらな主張の背後にいるとされる人物」という見出しの記事を発表。ミリアン氏がスティール文書の「中心的」な情報源だと断定し、トランプ氏がモスクワのホテルで売春婦と乱交し、その光景をロシア側に記録されたというセンセーショナルな情報も、ミリアン氏によって最初にもたらされたとした。

 ダーラム氏による起訴状は、これと矛盾する事実を示している。

 それによると、ダンチェンコ氏は司法省に対し、ミリアン氏と思われる人物から電話を受け、トランプ陣営とロシア側の共謀について情報提供を受けたと主張した。しかし、実際に両者は一度も話したことがなく、電話での会話はダンチェンコ氏による「捏造(ねつぞう)」だと断じた。

 では、ダンチェンコ氏の主な情報源は実際には誰だったのか。起訴状によると、クリントン元大統領夫妻の選挙戦をサポートするなど民主党と関係の深い人物からだったが、同氏はこの事実をFBIに隠した。

 起訴状に掲載されたメールで、ダンチェンコ氏は16年8月、PR会社幹部のチャールズ・ドーラン氏に、選対本部長を務めていたポール・マナフォート氏の辞任などトランプ陣営に関するあらゆる情報を伝えるように求めた。これにドーラン氏は一緒に酒を飲んだ「共和党の友人」から聞いた話として、「多くのスタッフが彼に辞めてほしがっていた」という情報をダンチェンコ氏に伝えた。

 こうした内容は、スティール文書にも盛り込まれることになったが、ドーラン氏は後にFBIに、共和党関係者との会話は作り話で、公開のニュースで見た内容を伝えただけだと語った。

 このほか起訴状では、トランプ氏が訪れたモスクワのホテルの部屋をドーラン氏が見学し、ホテルスタッフと会話したことを記述するなど、トランプ氏が乱交したとの情報提供に関与したことが示唆されている。

 ダンチェンコ氏の起訴を受け、WP紙は12日、ミリアン氏をスティール文書の主要な情報源とした17年と19年の二つの記事の大幅な修正、削除を行い、見出しも変えた。編集者注でミリアン氏がスティール文書の情報源だという主張は、「起訴状における主張と矛盾している」などと説明した。

 しかし、他の多くの米メディアは、これまでのところ過去の報道を見直す措置は取っていない。ニュースサイト「アクシオス」は、スティール文書をめぐる報道について「現代史で最もひどいジャーナリズムの誤りの一つだが、過ちに対するメディアの反応はこれまでのところ生ぬるい」と批判している。