コロナ拡大続くブラジル、医療機関が崩壊に直面

 新型コロナウイルスのパンデミックの中心地となっているブラジル。変異株が猛威を振るい、連日約9万人の感染者が出る中、多くの医療機関が崩壊に直面しつつある。「全国規模のロックダウン(都市封鎖)が必要」との声が強まっているが、ボルソナロ大統領は「経済や人々の生活に与える影響が甚大過ぎる」と抵抗を続けている。(サンパウロ・綾村 悟)
 「まさか、私の息子が重症化するとは夢にも思わなかった」

全国的な封鎖求める声
経済優先の大統領は反対

 サンパウロに住むイザベラさんの息子ダニーロさん(32)は先週、高熱と呼吸困難を訴えて入院、医療崩壊の中でも運良く集中治療室に入ることができた。その後の検査で、ブラジル型変異株に感染していたことが分かったが、元プロサッカー選手で基礎疾患もないダニーロさんが重症化したことにイザベラさんは驚いた。

新型コロナウイルスで亡くなった息子と写った写真を見せるブラジルの男性=昨年8月8日、リオデジャネイロ(AFP時事)

新型コロナウイルスで亡くなった息子と写った写真を見せるブラジルの男性=昨年8月8日、リオデジャネイロ(AFP時事)

 ブラジルでは感染者と死者が右肩上がりで増えている。22日時点の累計感染者は1204万人、死者は29万5000人、どちらも世界2位だ。1日当たりの新規感染者数が9万人、死者が2000人を超える日が今月中旬から続いており、どちらも北米全体もしくは欧州連合(EU)加盟国全てを合わせた数を上回る。

 感染症の専門家は、感染拡大のピークはまだ先になるとみており、1日の死者数が4000人を超える可能性も指摘する。

 感染者が増える理由は、変異株の拡大とワクチン接種、感染対策の遅れだ。ブラジルだけでこれまでに5種類の変異が確認されており、そのうちの2種類は従来型よりはるかに感染力が強い。医療現場からは、変異株の拡大とともに、若年層や基本疾患のない患者が重症化する例が増えているとの報告も上がっている。

 このため、ブラジル全土で集中治療室が不足し始めており、「重症患者の発生率を下げられなければ、医薬品が20日以内に不足し始める」(ブラジル医療保険連合会)との懸念も出ている。

 世界最悪のパンデミックに直面するブラジルで、感染症の専門家や大手メディアが注目しているのが、全国的なロックダウンの導入だ。

 専門家は、商業・社会活動や移動の厳格な制限で、これ以上の感染拡大を抑え込むことが可能になると主張する。欧米や南米の導入例では、国家規模のロックダウンにより2週間程度で感染数が減少に向かい、医療現場の混乱が一時的に緩和された。

 ブラジルでロックダウンを行うには、国家非常事態を大統領が発令する必要があるが、ボルソナロ大統領は規模の大小にかかわらず、ロックダウンの導入には断固反対している。

 ボルソナロ氏は、政敵でもあるサンパウロ州のドリア知事ら、先週末から独自にロックダウンを導入した自治体の長を「独裁者」だと強く非難、最高裁にロックダウンの取り消しを求めるほどだ。

 一方、フラガ元中銀総裁を含む著名な経済専門家、企業家ら200人が、22日に連名で全国紙に公開書簡を出した。名指しはしていないものの、ボルソナロ氏を「科学的な根拠に基づく治療を無視し、ワクチン反対運動を煽(あお)っている」と批判。その上で、ワクチン接種の加速と根本的な感染対策の見直しを求めている。

 また、企業家らは「ロックダウンは経済を弱体化させるだけだ」というボルソナロ氏の持論にも、「未曽有の感染拡大を抑えない限り、経済が回復することはない」と反論している。

 一方、全国規模のロックダウンの実施には、国民の生活を保障する経済支援も必要になる。ブラジルでは、4月から貧困家庭や零細企業に対する緊急支援金が再開されるが、支援金は最低給料の4分の1に満たない額に減らされた。

 決定的な新型コロナの治療薬が見つかっていない現在、ワクチン普及とソーシャルディスタンスなどの感染予防がカギとなっている。ブラジルでワクチンの2回接種を終えた割合は、22日時点で1・6%にすぎない。ブラジルから新たな変異株が出てくることを抑えるには、先進国による支援も視野に入れる必要がある。