急所突く米の対露制裁強化法

ロシア政界は抑えた反応
大統領選への悪影響回避か

 トランプ米大統領は8月2日、ロシアの米大統領選介入疑惑などを受けた報復措置として、大規模な制裁をロシアに科す法案に署名した。ロシア経済に大きな影響を及ぼすものではあるが、ロシアの政界は目立った反応を示していない。2018年の次期大統領選を前に、国民にネガティブな影響を与えないため、との見方が出ている。
(モスクワ支局)

エネルギー産業に打撃

 ロシアが14年に、ウクライナのクリミアを併合したこと受け、米国は制裁措置を導入した。その後、ウクライナ東部の親露独立派による内戦にロシアが介入していることなどを受け、追加制裁に踏み切った。オバマ前政権により段階的に六つの対露制裁が出されていたが、対露制裁強化法は事実上、これら六つの大統領令を一つにまとめた形となった。

トランプ氏(左)とプーチン氏

トランプ米大統領(左)とロシアのプーチン大統領(AFP時事)

 この制裁強化法は、ロシアのエネルギー分野に対する制裁を強化した。特に、ロシアの国営エネルギー会社ガスプロムが建設中の、同国とドイツを結ぶガスパイプライン「ノースストリーム2」が大きな影響を受ける。

 欧州企業5社が47億5000万ユーロを「ノースストリーム2」に拠出する計画だが、制裁強化法は、一度に100万ドル、もしくは年間500万ドルを同パイプライン計画に投資する者にも制裁を科す。また、同パイプライン建設に必要な技術、資材や設備のロシア向け輸出も同様だ。

 「ノースストリーム2」はロシアにとって、関係が悪化したウクライナを経由することなく、欧州に安定的に天然ガスを輸出することができる、極めて重要なプロジェクトだ。また、エネルギー供給を武器に、欧州への影響力を高めることもできる。

 米国は同パイプラインについて、欧州のエネルギー安全保障や、ウクライナのエネルギー分野の改革に悪影響を与えると見なしており、制裁によりロシアの急所を突いた形だ。

 これまでの対露制裁は、大統領令に基づくものであり、議会は蚊帳の外だった。このため理論上は、大統領が考えを変えれば、新たな大統領令により制裁を解除することが可能だった。

 しかし、対露制裁が法律によって裏付けされたことで、その解除には議会の承認が不可欠となり、ハードルは極めて高いものとなった。

 対露制裁強化法の成立を受け、危機感を露わにしたのはロシアのメドベージェフ首相だ。同首相は自身のフェイスブックで、以下のようにコメントした。

 「制裁の枠組みが法律化された。何らかの奇跡が起こらなければ、今後数十年にわたり制裁は続くだろう。この制裁は広範囲に及ぶものであり、(人権を制限する共産国家に最恵国待遇を与えない)ジャクソン=バニク修正条項よりもさらに厳しいものとなるが、議会の承認なしに大統領がこれを止めることはできない。ロシアは全面的な通商戦争を布告されたのだ。トランプ政権にはまったく力がないことが示され、最も屈辱的な形で執行者としての権限を議会に渡してしまった」

 メドベージェフ首相は、ロシアの指導層の中ではリベラル派に属しており、このコメントも、ロシアのリベラル派が共有する懸念を示したものと言える。

 ただ、メドベージェフ首相も、政権内のその他の誰も、なぜロシアが制裁を受け、その解除のために何をすべきか語ろうとはしない。また、これだけ影響の大きい制裁強化法が成立したにもかかわらず、その反応は極めて抑えられている。

 実際、全ロシア世論調査センターの調査では、48%が、制裁強化法の成立後も、生活の状況にはなんら変化はないだろうと回答している。悪影響があるとの回答は28%に留まり、9%は、よい影響があると回答した。

 この結果からは、ロシアの庶民の多くは、国民生活の悪化と経済制裁を結び付けていないか、もしくはその結び付きを理解していないと読み取れる。それは、対露経済制裁という結果を招いたプーチン政権の対外政策と、国民生活の悪化をリンクさせていない、とも言い換えることができる。

 ロシアは2018年3月に次期大統領選を行う。これまでの大統領選でプーチン大統領を支持した庶民の多くは「プーチン大統領はオリガルヒ(富豪)に税金を払わせ、われわれの給与を増やし、欧米ともうまくやっていくだろう」と考え、一票を投じていた。

 それが今回の大統領選では大きく変化した。政府が愛国的プロパガンダを繰り返す中で、「クリミアを取り戻しただけのロシアに不当な圧力を加える欧米」を敵視し、欧米に対抗するプーチン大統領を支持する、との空気がロシアを覆っている。

 それでも、ロシアの景気がこれまで以上に低迷し、国民生活が悪化すれば、国民の不満が政権にも向けられる可能性は否定できない。