貧富の差拡大するロシア、貧困層の不満の矛先が富裕層へ
政府統制下のメディアスケープゴートを提供
プーチン政権第1期からほぼ一貫して低下してきた貧困率が、上昇に転じている。ロシア経済が低迷する中での貧富の差も拡大しており、貧困層の不満が、富裕層に向けられる構図が強まりつつある。政府の事実上の統制下にある主要メディアは、しばしば民間の富裕著名人をスケープゴートにして糾弾。これは、国民の不満の矛先が政府や政府要人に向くことを避ける狙いがあるとみられている。(モスクワ支局)
政府が定める最低生活費に収入が満たず、「貧困層」に分類される人々の割合は、ソ連崩壊直後の1992年には人口の33・5%を占めた。エリツィン時代の97年に20・8%まで下がったものの、その後上昇し、プーチン政権第1期の2000年には29・0%だった。
その後、貧困層の割合は低下し、12年には10・7%となった。①国際的なエネルギー価格の上昇の恩恵を受け、ロシア経済が成長した ②プーチン政権がオリガルヒと呼ばれる新興財閥への締め付けを強化し税収が伸び、年金など社会福祉の財源が確保された――ことが、その背景にある。
しかし、国際的なエネルギー価格の下落とともに、その宴も終わりを告げた。エネルギー輸出で得た莫大な収入の一部を積み立てた基金の取り崩しで、景気低迷の影響を緩和してはいるが、それも長くは続かないだろう。
さらに、ロシアによるウクライナのクリミア併合が欧米による経済制裁を招き、景気悪化に追い打ちをかけた。13年から貧困層の割合は上昇に転じ、15年には12年比2・6ポイント増の13・3%となった。
ロシアの世論調査機関「レバダ・センター」がこのほど発表した調査結果によると、41%が貧富の差に「極めて強い反感を持つ」と回答した。「極めて強い反感を持つ」との回答は、この20年で18ポイント増加した。
また、「ある程度の反感を持つ」との回答も35%に達し、合計すると4分の3に当たる76%に達した。
さらに、「将来的に深刻な問題を生み出す可能性があるもの」との質問に対しては、82%が「貧富の差」と回答した。「民族問題」の60%、「与党支持者と野党支持者の対立」の51%、「宗教間対立」の48%、「教育・学歴の差」の47%を抑え、最も多い回答だった。
なぜ、「貧富の格差」がこれだけクローズアップされるようになったのか。政府が意図的に、貧富の格差をメディアで取り上げ、国民の不満を富裕層に向けさせたため、というのが、ロシアの専門家らの見方だ。
景気が低迷し、さらに、欧米の経済制裁が市民生活にも影響を及ぼし、人々の不満が高まった。これに対し政府は愛国主義を鼓舞しクリミア併合を正当化し、「ロシアを苦しめているのは欧米であり、すべての原因は欧米にある」とプロパガンダを行い、不満の矛先を欧米に向けさせたのだ。
だが、景気低迷が長引く中、これだけでは人々の不満のガスを抜くには不十分となった。だからこそ、一部の富裕層をやり玉に上げ、これをメディアで批判することで人々の不満を彼らに向けさせている、というものである。
ここしばらく、ロシアのメディアでは、フランスで開催されたサッカー欧州選手権1次リーグで敗退したロシアチームの選手らが、モナコで開かれた豪華なパーティーに参加したことを批判するニュースが流れ続けた。そこで彼らが注文したシャンパンが25万ユーロ(約2880万円)と報じられると批判がさらに高まり、ペスコフ大統領報道官が次のようなコメントを発した。「この乱痴気騒ぎは大統領の耳にも入っている。メディアで広く報じられ、多くの人々の批判を招いた」
もちろん、サッカー選手らの行動は、あまり褒められたものではないだろう。しかし、ラジオ局「モスクワのこだま」が、「誰もが給料をつぎ込んで大酒を飲んだことぐらいあるだろう」とコメントしたように、これは、自分が稼いだ金で酒を飲んだだけのことである。
一方で、情実人事とも指摘される人事で政府や国営企業などの要職に就き、汚職も指摘される中で多額の報酬を得ている人々に関しては、ロシアの主要メディアは報じない。
ロシアの反政権ブロガーとして知られるナワリヌィ氏は、シュワロフ副首相がこの2年間に多くの高級不動産を取得していたことを突き止め、自身のプログで報じた。しかし、これが、一般メディアで広く報じられることはなく、人々の批判を呼ぶこともなかった。
政権とは関係がないサッカー選手や、富裕層の著名人などをメディアで取り上げやり玉に上げる。国民の不満を彼らに向けさせることで、批判の矛先が政権に向かないようガス抜きをすることが、その狙いとみられている。