トランプ氏に期待する中東諸国
トランプ氏の勝利が中東各国に希望をもたらしている。理由は、オバマ氏が8年間、中東諸国に強いてきた「冷淡な仕打ち」にある。中東諸国は近年、オバマ米国を見捨て、露中に接近してきた。しかし本音は、米国との関係改善を望んでいる。(カイロ・鈴木眞吉)
ずさんなオバマ氏の中東政策
ムスリム同胞団支援とイラン核合意で不信拡大
オバマ氏は就任早々、アラブ世界の盟主エジプトの首都カイロで中東各国指導者に、コーランの章句を引いて、親近感を示すなど、中東指導者に絶大な希望を抱かせていた。
しかし、2010年暮れに始まった「長期独裁打倒、民主主義実現」を目指した「アラブの春」が当地に波及して以来、オバマ氏への信頼が徐々に崩れていく。
第一の原因は、アラブ諸国の独裁政権崩壊後を担う勢力をムスリム同胞団に委ねたことだ。
同胞団の本質を知ってのことなら確信犯であり、知らない故の行動なら無知がそうさせたのだろう。オバマ氏は同胞団を穏健なイスラム勢力とみたようだ。クリントン氏は時の国務長官として同罪を負うことになる。
1928年、エジプト・イスマイリアで結成された同胞団は、ムバラク政権が「過激派の温床」として警戒し続けてきた、「世界イスラム化」の「先兵」だ。世界イスラム化のためには暴力も正当化。事実、同胞団は54年、ナセル大統領暗殺未遂事件を起こし、同胞団から分派したジハード団は81年、サダト大統領を暗殺した。イスラエルへの暴力を正当化し、パレスチナのガザ地区を武力支配したイスラム過激派組織ハマスは、同胞団を母体とする組織。彼らは宗教を政治利用し、全世界にイスラム法を適用させることを天命としている。
同胞団は、オバマ政権の暗黙の了承の下、アラブの春の発端となったチュニジアで、同胞団をバックとした政党アンナハダがマルキーズ政権を樹立、本格的な同胞団政権を目指し、エジプトでは2011年にムバラク大統領を追放、12年にモルシ同胞団政権を樹立した。両国では、アラブの春を先導した若者らは片隅に追いやられ、同胞団が組織力を生かして“春”の実を横取りした。民主政権ではなくイスラム政権を樹立したのだ。
同胞団はリビアでは、国際社会が認める世俗政権を東部トブロクに追放、イスラム政権を首都トリポリに樹立して国を分断、シルトを拠点に台頭した過激派組織「イスラム国」(IS)と三つどもえの内戦に突入した。
シリアでは、自由シリア軍を支えてアサド政権打倒を試みたが、オバマ氏の優柔不断も相まって混乱する中、ISが台頭、内戦は複雑化した。オバマ氏のシリア政策は袋小路にはまり、露の介入を招いた。トランプ氏はIS掃討最優先を掲げ、「アサドはISを殺害している」として同政権存続容認の姿勢を示している。
同胞団の本質を知るエジプト国民は、同胞団がアラブの春を台無しにし、それを支持したオバマ政権にも多大な責任があるとみて、2013年にシシ政権を樹立した。
シシ大統領は「極度の人道主義者で、弱腰で、戦争も決断できず、世界中の指導者からなめられ続けているオバマ氏」に見切りを付けロシアに接近、基地の提供にまで踏み切った。アラブ諸国は皆、大なり小なりロシアに舵(かじ)を切った。
オバマ氏は、イスラエルの入植活動を批判し、和平交渉に介入しようとしてネタニヤフ首相と史上最悪の関係に陥った。
中東諸国にとってオバマ氏不信のもう一つの要因は、中東諸国の反対を押し切って、対イラン核合意を成立させたことだ。イスラム教シーア派革命輸出を至上命題とするイランに核兵器開発を許し、経済発展を支援、テロ輸出を放置することは、スンニ派諸国とイスラエルにとって国家存亡の危機に直結する重大事。核合意破棄を主張するトランプ氏を中東諸国は歓迎している。
世界の首脳の中で最初にトランプ氏に祝意を伝えたのは、シシ・エジプト大統領だ。2番目がイスラエルのネタニヤフ首相。サウジアラビアのサルマン国王も同日、電話会談した。
中東諸国首脳らによる緊急アプローチは、同首脳らがオバマ氏によって、いかに冷たい仕打ちを受けたかの証明でもある。クリントン氏は、オバマ氏の政策を引き継ぐとした時点で、既に魅力を失っていた。イスラム協力機構(OIC)は12日、トランプ氏当選を祝福した。






