「終末思想」で若者引き込むIS

機関誌ダビク通じ世界に発信

 過激派組織「イスラム国」(IS)に引き寄せられるように、世界中のイスラム教徒や改宗した若者らが「イスラム国」に「移住」している。その原因の一つにISの「終末思想」があると指摘されている。(カイロ・鈴木眞吉)

最終戦争に勝つ「善の勢力」強調
全教徒に「移住」呼び掛け

 『イスラーム国の衝撃』(池内恵・東京大学先端科学技術センター准教授著)によると、ISの終末観は、ISがカリフ制を宣言した直後の2014年6月発刊の機関誌ダビクに継続的に掲載されてきた。

800

過激派組織「イスラム国」(IS)指導者のバグダディ容疑者=2014年7月公開の映像より(AFP=時事)

 誌名のダビクは、終末の前兆となる「最終戦争」が開始される場所としてハディース(イスラム教の教祖ムハンマドの言行録。コーランと共に、イスラム教徒にとっての聖典)に登場する地名で、シリア北部アレッポの北約40㌔にある、人口3000人の町だ。最終戦争では、イスラム軍がローマ人と戦って勝利し、コンスタンチノープル(現トルコのイスタンブール)を占領するとされている。

 同市を一度は占領するが、後にサタン(悪魔)が偽の救世主を送り込むため再度戦い、救世主イエスが再臨して、アラー(イスラム教の神)の敵を槍(やり)で倒すという。

 ダビク誌は、ダビクの支配をめぐって、ISと地元の世俗的反体制派シリア人勢力との間に行われている戦いを、終末の前兆と位置付けている。この戦いを「ジハード(聖戦)」に仕立て上げ、イスラム教徒に武器を取り、ISに参加し、戦場で聖戦を行うことを強く推奨している。

 ダビク誌は、ISの前身組織の創設者ザルカウィ(2006年殺害される)が「イラクの聖戦がシリアに及び、ダビクをめぐってハディースに書かれていることが現実化することこそ、終末の前兆としての戦乱だと予言していた」と主張、ISこそ、最終戦争を勝ち抜く「善の勢力」として設立されたと印象付けようとしている。

 自らをカリフ(ムハンマドの後継者)と宣言したISの最高指導者バグダディは、「世界は善と悪の二つの陣営に分かれた」と主張、ISを「善の勢力」に位置づけ、ダビク第3号の「ヒジュラの呼び掛け」で、「医師や技術者、学者、専門家よ」と、世界中の全イスラム教徒に「移住(ヒジュラ)」を呼び掛けた。これを受けてムスリムの若者らが大挙してISに向かった。

 池内氏によると、ISは、ダビク第2号の「洪水」で、ノアの箱舟の物語と現代の背教者に満ちた世界を重ね合わせ、ISへの参加こそ、洪水から逃れた選民たちの行動の再現だと説き、第3号では、ハディースや中世の神学者らの議論を示し、終末の前兆の「大戦」の地としてのシャーム(現在のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルを含む地域)に移住することが、現代のヒジュラだと主張している。

 第4号「失敗した十字軍」では、中世の十字軍を、「現代の十字軍(=悪の勢力)」である米国と重ね合わせ、米軍の敗北の必然性を予言した。

 さらに、コーランを引用して、「アラーの神聖な法令により、歴史は繰り返す」と強調、現在ISが進めるジハードの進撃は、7世紀に預言者や教友らが行ったジハードの繰り返しだと主張している。

 またシャームが、イスラム教徒と十字軍の戦争で重要な役割を果たし、「そこから、救世主イエスによって圧制者の十字架が打ち破られる」と訴えている。

 ISは、イエスの再臨と歴史の繰り返しを信じ、現代こそが終末であると主張、善の側に立った聖戦を戦っていると自負しているのだ。

 ダビク誌はハディースを引用し、「奴隷制の復活こそが終末の時の前兆だ」と主張している。実際に、ISはイラク北部ニナワ県シンジャルを制圧した際、ヤジディ教徒を奴隷化した。

 池内氏は、イスラム教の聖典から、現代の国際社会の規範を逸脱する結論が出されていることに懸念を表明、「イスラム世界にも、宗教テキストの人間主義的な立場からの批判的検討を許し、諸宗教間の平等や宗教規範の相対化といった観念を採り入れた宗教改革が求められる時期なのではないだろうか」と指摘、原始イスラムへの回帰を訴えるISを批判した。

 イスラム指導者は、「過激派はイスラム教徒ではない」と主張、テロはイスラム教や、その聖典とは関係ないと訴えてきた。しかし、ISなどイスラム過激組織の問題の一端が、イスラム教自体の中にあることは確かだろう。