クルド問題が試金石に
多難な年明けのトルコ(6)
それでも憲法上の国是は世俗主義だから、国民の中にはエルドアン大統領と与党・公正発展党(AKP)が進めているイスラム主義に、鋭い批判・糾弾をする勢力も根強く存在する。若者の中には、トルコ社会が世俗主義とイスラム主義の「内戦状態が進行している」と言い切る人も少なくない。
イスラム主義と世俗主義の葛藤だけではない。トルコの観光パンフレットが吹聴しているように、トルコが位置する小アジアは文字通り「文明の十字路」なのだ。様々な歴史の事情や悲喜交々(こもごも)を背負って、ユダヤ人、アルメニア人、アッシリア人、イスラム・シーア派に属するアラウィ派、そしてトルコ最大の少数民族のクルド人などが隣り合って暮らしている。従ってトルコ社会は、基本的に単一の民族や宗教を軸にした社会政策が採りにくい構造を持っている。
中でもクルド人の問題が、ここに来て再燃しつつある。イラクやシリアでクルド人勢力が急速に台頭しているのを横目で見てきたトルコ国内のクルド人の間に、改めて自治権の獲得をもくろむ動きが強まっているからだ。エルドアン政権になって平和路線に転換していたクルド武装勢力が、実力行使をする動きも出て、これにトルコ軍が反撃するという形で、80年代から20年近く続いた泥仕合が、再現されかねない情勢だ。
クルド人の民族・文化的権利の保障、というテーマは、これまでの欧州連合(EU)加盟交渉でも一番高いハードルのひとつで、トルコ政府としては慎重な舵取りが求められている。
国の外を眺めれば、先行きの見えないイラクやシリア、自他共に認める犬猿の仲のギリシャ、シリア内戦の行方をめぐり対立関係にあるイラン、黒海の向こうでクリミア半島を併合し、ロシア空軍機撃墜に抗議して対トルコ制裁を断行したロシアなどがある。
トルコ政府がイスラム主義だけで内外の舵取りをすれば、早晩、行き詰まり挫折しかねないだろう。しかもトルコが内外に抱えている歴史・文明・宗教上の摩擦は、トルコ一国で解決できない奥行きと拡がりがある。中東で増える事実上の破綻国家からの難民・移民をどうするのか。クルド民族の処遇は、トルコの問題だけではない、イラン・シリア・イラクでも程度の差はあれ、悩ましい課題なのだ。そして大国としてのプライドを必死に回復しようとするかのようなロシアの冒険主義的外交にどう対処するか。こうした問題は、どれもトルコ一国では処理できない事態だ。
国連「文明の同盟」プログラムの進展は、トルコと中東、さらに世界の平和の将来にも、直接的なインパクトを持ち始めている。このプログラムの共同提案者になったエルドアン大統領のトルコは、「国難」以上に重く難しい課題を背負って2016年を始めたようだ。
(世界日報元トルコ特派員・山崎喜博)
=終わり=