平昌五輪後の朝鮮半島情勢

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

毅然たる態度示した米
北は困窮の度深め打つ手模索

 平昌五輪も盛会裏に無事終了し、誠に結構なことと考えている。北朝鮮の直前の合同チーム参加に関係する政治的な動き、軍事パレード等、話題を呼んだ情勢もあったが、軍事的側面から今後の情勢について若干の所見を披露したい。まず平昌五輪をめぐる南北の駆け引きは、当初、北朝鮮の参加を望む韓国側の「平身低頭」ぶりが韓国内でも批判されたが、北朝鮮が参加を決めたことで軍事的緊迫、テロ脅威が緩和され、五輪自体が全般的安心感の下で実施された効果は大きかったと評価している。鳴り物入りの「美女応援団」「芸術団公演」も一時的興味を呼んだものの、活躍する韓国選手、話題に上らない北朝鮮選手といった対照的事実により、結局、韓国がうまく立ち回った印象が残る。

 他方、北朝鮮は、従来の強硬路線から一転、五輪への参加と、これに乗じ、芸術団、女性応援団を派遣。そしてナンバー2である金永南最高人民会議常任委員長、さらに金正恩氏実妹の与正氏を特使として派遣、対話路線への切り替えを際立たせ、開会式前後の広報戦で有利に立ったかのように見えた。しかし、競技の進行とともに世界の興味は選手の活躍に注がれ、国際的関心を失っていったのは、否めない事実である。

 特にこの間、毅然(きぜん)たる対応に終始したペンス米副大統領の行動は、国連決議を背景に、ならず者国家とは接触しないとする態度が顕著であり、米国ならではの黒白のはっきりした対応と感じ入っている。中でも、文在寅大統領主催の夕食会に、急遽(きゅうきょ)仕組んだ安倍総理との会談を理由に30分遅刻し、会場には出向いたものの、わずか5分程度の滞在で、用意された金永南委員長、金与正氏との同席テーブルには近づかぬまま会場を去ったとされる行動は、その最たるものであった。この副大統領の毅然たる態度に、融和ムードの甘い思いを託していた南北双方は、改めて厳しい現実に、戸惑っているものと見られる。

 さて五輪後の情勢であるが、北朝鮮にとって状況は極めて厳しい。まず米韓合同演習は3月から4月にかけて例年のように実施されると見られ、反発する北朝鮮は、弾道弾発射等の手段が考えられるが、再突入技術の実証程度にとどまると見られる。米国をはじめとする周辺国の経済制裁は、確実に効果を上げる時期に来ている。

 特に米国の二つの動きは注目に値する。その一つは、ペンス副大統領の毅然たる振る舞いの背景の一つとなった、トランプ大統領の新たな核態勢の見直し(NPR)の発表である。特に海洋発射戦術核を含めた核兵器の多様化は、北朝鮮にさらなる対応策を必要とさせる大きな効果があると考えられる。在韓米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)、わが国の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」と並んで、北朝鮮に核武装による負担をさらに増加させるものであり、その消息が注目される。もう一つの動きはセカンダリー・サンクション(二次的制裁)の動きである。これは、北朝鮮と取引する第三国の個人・金融機関・企業に対し制裁を科すもので、その効果は大きいといわれる。現に沖合積み替え等の行為を行っている第三国の船舶は米国の制裁を恐れ一斉に手を引くと考えられる。海上自衛隊哨戒機により撮影された「動かぬ証拠」を突き付けられた中国の報道官コメントは、事実上の米国に対する陳謝と見てよいものであった。

 これらにより、北朝鮮の置かれている経済状態は、さらに困窮の度を深めることが予想される。日本海沿岸のわが国領土に次々と遭難・漂着する北朝鮮漁船は、その一部に特殊部隊の作戦支援用船舶も含まれており、沿岸漁業権を中国に売却し、公海漁業に頼らざるを得ない北朝鮮の台所事情も悲惨である。このような状況下、五輪を機に対話を求める姿を顕著にした北朝鮮であるが、米国の毅然たる態度に打つ手を模索しているのが実情であろう。五輪閉会式を利用して、金英哲氏を団長とする訪韓団を派遣、米国特使のイバンカ氏との接触を図ったものの、成果は得られなかった。

 問題は韓国である。もともと「南北対話」を一つの旗印とし、選挙戦を勝ち抜いた文大統領は、北朝鮮にとって大きなカードであり、最大限利用してくることが考えられる。今般の一連の南北接触・交流において、北は核開発に関する一切の言及を拒否するのを条件としたようであるが、それはそれでやむを得なかったのであろう。今後は「祭典を終えた」冷静な態度を取り戻すことが求められる。韓国には「祖国統一」という夢があり、他国とは事情を異にする。しかし今、焦眉の急は、核開発問題であり、国連安保理決議のごとく、世界中の意見なのである。

 核拡散防止は、全世界の望むところであり、核拡散防止条約(NPT)は、唯一の国際条約である。まずはNPT体制の確立の下、核軍縮・核廃絶へ向けて英知を傾けるのが、たどるべき道筋であることは明らかである。今、北朝鮮が進めている路線は、決して世界が受け入れるものではない。別言すれば、北朝鮮の核開発を容認するがごとき行動は、NPT体制の崩壊とも言える重大事態であり、世界中が挙げて防止すべき最重要事態なのである。五輪を終え、状況の変化も垣間見えるところから、一層の国際協力が必要である。

(すぎやま・しげる)