平昌五輪とその後の情勢

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

対北制裁、徐々に効果
核拡散・流出の危険は増大

 平昌五輪が旬日に迫り、朝鮮半島では南北閣僚級会談を通じ、双方の思惑を込めた交渉が行われ、帰趨(きすう)が注目される。今回は会談合意内容とともに、五輪後の展開について所見を披露したい。

 まず南北閣僚級会談であるが、韓国としては北朝鮮の五輪参加を確実にしたことで、十分の成果があったとみていると思われる。合同チーム参加の形態は、過去にも例のあることであるが、北朝鮮の参加により、軍事的緊迫・治安不安定感による警戒感が、ある程度払拭され、諸外国訪問者にとって安心感を持てる状態となったことは、誠に大きな成果であろう。

 しかし、韓国国民にとっては、開催国でありながら自国国旗も掲げられない選手団入場、急遽(きゅうきょ)編成する合同チームのため、出場選手数が削減される女子アイスホッケーチームのように、マイナス面も大きい。特に140人からなる管弦楽団を受け入れ、ソウルと江陵で、金正恩礼賛・戦略ロケット賛美の音楽会を五輪に合わせて実施することは、五輪の政治利用とも言える事案で、今後、紆余(うよ)曲折がありそうである。

 肝心の核開発問題をはじめとする政治的項目については、一切会議の項目にならず、「過去の韓国側の取った太陽政策、対話路線は、わが国(北朝鮮)を吸収合併する魂胆が明らかな、稚拙な政策」とクギを刺されてしまう始末で、会談自体は、北朝鮮のペースに終始した感が強い。五輪自体は、スケートを中心に韓国選手の活躍が期待されており、盛り上がりが望まれるが、五輪後の施設維持の面からは、高速鉄道に始まる巨大な投資の効果という面で、困難な局面を迎えるのではないかと危惧されている。

 一方、北朝鮮は、昨年9月の核実験を受けて即刻、全会一致で可決された国連安保理決議による制裁が、時間の経過とともに効果を表し始めている状況にある。今回の決議は石油関連の締め付けのみならず、北朝鮮外貨収入の9割に及ぶ項目にわたっており、既契約の切れる本年から一段と厳しい状況になると考えられる。北鮮軍はその影響からか、核・戦略ミサイル関連以外の在来部隊は、戦車部隊・航空機部隊・艦艇部隊とも、訓練用資材、補用部品(特に燃料)の枯渇から活動は不活発で、稼働率もかなり低い状況が報ぜられている(中国誌・漢和防務評論)。

 ここで国際社会の総意を考えてみたい。国際社会は、朝鮮半島の非核化、平和的解決が望ましいとしていることは事実であり、中露といえどもそれは変わらない。すなわち世界の核秩序を規制する唯一の協定である核拡散防止条約(NPT)体制の維持が最も重要視されると言ってよい。リビア・南アフリカの核政策放棄、最近においては、イランの濃縮ウラン製造問題も、イラン側の核関連施設の大幅縮小、査察受け入れ等により、制裁が解除され、NPT体制維持が確保される状況となっているのは周知の通りである。このような情勢下、北朝鮮に対する国際環境は厳しく、今後ますます締め付けが強化されると覚悟すべきであろう。

 北朝鮮に核開発・保有を思いとどまらせる方策は、現在二つの方向があると考えられる。一つは、経済制裁による開発資金の導入を締め付け、国家資源的に困窮させる方向で、安保理決議もその方向で進みつつある。二つ目は、日米韓が行っている弾道弾防御網の強化策である。年末を挟んでわが国は「イージス・アショア」システムの導入を決定した、本システムは、イージス艦搭載の「SM3」を地上配置型にしたもので、射程・射高ともに延伸し、弾道弾防御能力の高い装備である。

 これにより、わが国は既存のイージス艦ミサイル防衛システム、低高度において対処する「PAC3」と共に重層化された防御手段を有することとなる。既に戦力化が進んでいる在韓米軍の「THAAD」システム、韓国イージスと並んで、弾道弾防御網の壁は一段と強化されることとなる。防御システムの強化は、防御能力のみならず、これに対抗するため弾道弾性能向上に一層の資源投入を強いることともなり、経済制裁と並んで、その効果を発揮することが大いに期待されるところである。

 北朝鮮問題のもう一つの課題は、核・弾道弾およびその技術の拡散である。北朝鮮の技術レベルはかなりのところまで高まっており、その拡散・流出はNPT体制を揺るがす域に達している。制裁処置により、北朝鮮が困窮すればするほど、拡散・流出の危険は増大すると言ってよいだろう。国際社会にとっては、核・弾道弾の拡散を防ぎつつ、北朝鮮を各種制裁により疲労させ、核放棄を決心させるには、これからもますます共同した努力が必要である。

 しかし、米韓中露それぞれに思惑があり、一筋縄ではいかない。北朝鮮にとっても、世界中からの悪評を甘受し、国民生活レベルを犠牲にして進んできた道であり、国民が納得できる対価が得られなければ、放棄するわけにはいかないであろう。さらに基本技術は進捗(しんちょく)しているものの、弾道弾技術が完成しているわけではなく、ロケット再突入技術、進めていると推察される戦略潜水艦開発等、難題は残っている。五輪を挟んで、どのように展開していくか、さらなる警戒が必要である。

(すぎやま・しげる)