米朝の“舌合戦”は猿芝居か

宮塚 利雄宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

朝鮮半島の伝統的戦い
“頭突き”炸裂の執念捨てず

 アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長の“舌合戦”を見ていて思い出したことがある。今から47年前に韓国に留学した時のことである。ある日、保証人が「宮塚、君はまだ韓国語がうまく話せないからいいが、これから韓国人(朝鮮人と言ったが)と話す時は気を付けるように」と忠告してくれた。

 当時は今と違って日本人が韓国に観光に来るような時代ではなかった(もちろん、農協観光の団体客の姿はあったが)。街を歩いていて日本人と分かると親しげに日本語で接してくれる人もいたが、私が場末の飲み屋で一人、やかん1杯100ウォンのマッコリ(どぶろく)を飲んでいたら、他の席にいたアジョシ(おじさん)グループの一人が私に「なぜ、お前はここにいるんだ。このチョッパリ野郎」とすごい剣幕で怒鳴り付けてきたことがあった。

 韓国語が十分でない私にも怒気を含んだ赤ら顔のおじさんの言いたいことは分かったが、私には返す言葉がなかった。日本人と見ればすぐに「イルチェ サムシムユンニョン(日帝36年)」とか「チョソンチョンドクプ(朝鮮総督府)」と言うような言葉が出て来る時代である。

 今なら「私は戦後生まれの日本人だ。直接の責任はない。統治時代の歴史を学ぶために留学に来た日本人だ」とでも反論するだろうが、保証人の「売り言葉に買い言葉」には気を付けるようにという戒めを思い出していた。

 ところで、韓国語で「売り言葉に買い言葉」は、一般に「カヌンマルコワヤ オヌンマルコプタ(行く言葉がきれいなら来る言葉も美しい)」と言うが、昨今の米朝の“舌合戦”は朝鮮半島の伝統的な戦いのように思える。

 「宮塚、韓国人は日本人と違ってけんかの時は最初から殴り合いになるようなことはしない。まず、口で相手をしたたか罵(ののし)って自己の正当性を主張し、それでもだめなら取っ組み合いのケンカになる。それも相手側にまともにぶつかっていくのではなく、意表を突いたパッチギ(頭突き)で鼻っ柱あたりを思いっきりぶつけて血を流さす」のが常套(じょうとう)手段とも教えてくれたが、昨今の北朝鮮の対アメリカ非難もこのやり方と変わりはないようだ。

 北朝鮮はスローガンの国である。国中がスローガンで埋め尽くされていると言っても過言ではないくらいに、至る所に過激な言葉と絵が描かれた看板などが人民を鼓舞している(これに反応する人は少ないようだが)。誰が見てもアメリカと北朝鮮の対立は北朝鮮が不利なことは理解しているし、何よりもそれは金正恩自身が認めている。例えは悪いが、横綱に十両格の力士が挑むようなものである。

 しかし、金正恩としてみればここで退くわけにはいかないし、何よりも自己の体制護持という命運が懸かっている。ここは“猫パンチ”のような奇襲作戦を用いる術しかない。それが、アメリカのトランプ大統領(アメリカ政府)を凌駕(りょうが)するような“舌戦争”である。いわく、朝鮮中央通信は9月23日、朝鮮労働党中央委員会本部集会や人民武力省(国防省)の軍人集会が22日に開かれたと伝えたが、その時に演説した幹部は「悪の帝国を必ず火で制す」「米国は悲劇的な終末を迎える」などと気勢を上げ、金正恩委員長もトランプ大統領の国連演説に対抗して自ら「史上最高の超強硬措置」の検討を表明した。さらに、北朝鮮の李容浩外相が25日にトランプ大統領により一連の対北朝鮮発言を「明確な宣戦布告」だと主張した。

 これら一連の北朝鮮側の発言は、内部結束を強化し金正恩体制の護持を図るためのものであることは自明であるが、これに対しアメリカは「米国は宣戦布告などしていない。ばかげた指摘」と軽くいなした。米朝の“舌合戦”に、ロシアのラブロフ外相が22日、国連本部での記者会見で、北朝鮮とアメリカによる互いの威嚇が激化している状況について「幼稚園の子供同士のけんか」と表現し、緊張緩和を呼び掛けたが、人民に反米のこぶしを振り上げさせた北朝鮮の金正恩政権は「幼稚園の子供同士のけんか」程度で終わらせるわけにはいかない。

 22日の軍人集会で演説した李明秀人民軍総参謀長は「今や世界は、火遊びを好む、ならず者にすぎないトランプを大統領の地位に就かせた米国が、どのように悲劇的な終末を迎えるかをしっかりと見ることになる」と警告し、人民を鼓舞し、徹底的な反米闘争の継続を訴えた。集会に動員された市民が、米国軍が攻めてきたら「包丁で切り付けてやる」「噛(か)み切ってやる」などという勇ましい発言をしているのをテレビが報じていたが、北朝鮮の人民は米朝の“舌合戦”には辟易(へきえき)としているはずである。

 北朝鮮がいつまで伝統的な“舌合戦”に終始しているとは思えない。北朝鮮はアメリカを火攻めにするための大陸間弾道ミサイル(ICBМ)の大気圏再突入技術などに課題は残るものの、パッチギを炸裂(さくれつ)させる執念は捨てていない。「取るに足りない四つの島を核で消滅させることは簡単」と日本を威嚇した、次の日に日本上空を北朝鮮のミサイルが飛んで行ったことを日本人は肝に銘じるべきだ。

(みやつか・としお)