米国大統領国連演説に思う

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

IRBM迎撃できぬ日本
米朝開戦なら北朝鮮「消滅」

 前回の寄稿直後、北朝鮮は、水爆実験を実施世界中の耳目を集めた。今回は度重なる暴挙に、国連安保理も素早く対応し、石油の全面禁輸を主張する米国と、必要最小量は認めるべきだとする中露側で、対立はあったものの全会一致で非難・制裁処置が可決された。これにより、中朝間の貿易量、労働者の集団派遣による収入をはじめ、北朝鮮の外貨収入は一段と厳しくなると考えられる。続いて、トランプ米大統領の国連総会での初演説があり、予想通り激しい言葉で北朝鮮を非難し、米国および同盟国への攻撃には、北朝鮮を「消滅させる」とする強い警告を発した。今後いかなる展開となるか高い関心が必要である。今回は、マスコミの報道、政治家の発言等種々ある中で、正確性を欠くもの、性能等十分に伝えられていない面があり、軍事的な面から所見を披露したい。

 まずわが国の対ミサイル防衛能力である。理解が進んでいるのは、新聞等に掲げられたイメージ図で、わが国に飛来するミサイルに対し、ミッドコースと言われる高高度飛行中のミサイルに対しイージス艦搭載のスタンダードミサイル(以下SM3)で迎撃、大気圏に再突入し、わが領土に降下してくる段階でパトリオットPAC3(以下PAC3)が迎撃する態勢である。この概念はスカッドETRのような射高・射程共に低い短距離弾道弾(SRBM)には当てはまるが、本年に入って発射を繰り返している中距離弾道弾(IRBM)には対応が困難であることを認識する必要がある。

 現在イージス艦に搭載されているSM3ブロックⅠAは射高300キロ程度が限度でこれ以上の高高度を飛行するIRBMにはミッドコース迎撃は不可能なのである。PAC3も、大気圏突入後、低高度に至った段階で機能するものであり、わが国上空を通過する弾道弾には全く対処することはできない。在韓米軍に配備された高高度防衛ミサイル(THAAD)も大気圏再突入前後を攻撃目標とするもので、高空を通過するIRBMを迎撃することはできないのである。この状況は米軍も同様であり、現在、日米共同開発中の弾道弾対応能力の高いSM3ブロックⅡの配備が待たれる状況なのである。

 次は技術拡散の問題を考えてみたい。北朝鮮のロケット技術は急速な進歩を遂げているのは事実であるが、その核心となるものは、いずれも旧ソ連時代の技術が、ソ連崩壊に伴う混乱の中で拡散していったものである。北極星と呼ばれる水中発射ミサイルおよび同陸上型は、ウクライナ経由、技術者付きで入手したSSN6(R27)ロケットであるし、今回IRBMとして発射を重ねている火星12号はRD250ロケット系であることが明らかになっている。

 しかし技術拡散はロシアのみではない。火星12号の大型運搬車は中国製と言われているし、北朝鮮が目下、躍起となっている固体燃料製造に不可欠なジェットミル(金属粉砕機)30基は、わが国のセイシン工業が朝総連関係会社に売却、万景峰号により堂々搬出されたものである。さらに話題となっている旧ソ連ゴルフ型潜水艦は、日本の商社経由で廃材として北朝鮮に売却されたものという(2006年米国議会報告)。今回の安保理決議により、経済制裁は一層厳しくなるが、軍事に転用可能な技術拡散防止にもより一層の厳しさが必要である。

 トランプ大統領の激しい発言の中で、北朝鮮を「消滅させる」の語が用いられたが、現有の攻撃力を見てみたい。米側は最近の戦歴では、敵地攻撃に最も効果的で米側に被害の少ない、トマホークによる一斉攻撃を行うと見られる。これらはおそらく北朝鮮の対応を受けぬまま、目標を痛撃すると思われる。目標は弾道弾基地・核施設・野外展開部隊等の核反撃能力、非武装地帯(DMZ)北側の長距離砲群、指揮指令中枢、主要軍事基地等多岐にわたるが、北朝鮮の頼みとする核兵器は地下に隠蔽(いんぺい)されているため、精密攻撃で封殺される可能性が強い。そして続く海空からの攻撃で頼みの陸軍部隊も徐々に戦力を低下させ、越境北進する陸軍部隊、要地に上陸するであろう海兵部隊に対抗するのは困難な状況になると見られる。すなわち米軍が先制攻撃に踏み切った場合、軍事的には、北朝鮮はほとんどなすすべなく破れるであろうことは容易に推察できる。

 北朝鮮が先制攻撃に踏み切った場合、長距離砲によるソウル攻撃、スカッド等の要地攻撃、潜入兵力による攪乱(かくらん)等の被害を与え得るものの致命傷には至らない。問題の核兵器は使用可能であるが米本土を脅かす能力は無い。韓国・在日米軍基地をターゲットに数発の使用が見込まれ大きな混乱と被害が予想されるが、米国の決定的な核反撃で、文字通り国家消滅の憂き目を見るのは目に見えている。

 こうして見ると北朝鮮にとっては、米国に先制攻撃の口実を与えないことが絶対の要件で、「慎重に、悪態をつきながら、米本土攻撃能力を確保し、生き残り戦略を有効にする」ことに腐心せざるを得ないのである。

 トランプ演説を受け、太平洋上空での水爆実験の実施をほのめかしている北朝鮮の反応であるが、冷静に正確な軍事知識をもって対応していくことが肝要である。

(すぎやま・しげる)