目前の危機、猶予許さず ケビン・メア氏
元米国務省日本部長 ケビン・メア氏(上)
北朝鮮が14日に新型の弾道ミサイルを発射した。拡大の一途をたどる北朝鮮の核・ミサイルの脅威にどう対処すべきか。このほど来日した米国の識者に聞いた。
(聞き手=編集委員・早川俊行)
判断難しい軍事行動
今止めねば犠牲倍増
北朝鮮による今回の弾道ミサイル発射の狙いは。

ケビン・メア氏 1954年、米サウスカロライナ州生まれ。ジョージア大学法科大学院で法学博士号を取得。81年に米国務省入省し、在日米大使館安全保障部長、在沖縄総領事、日本部長などを歴任。著書に『決断できない日本』『自滅するな日本』。
3月に弾道ミサイル4発を同時に発射した時と同様、米軍基地を攻撃するための訓練だろう。今回はより射程の長いミサイルとみられ、グアム攻撃を想定して開発したのかもしれない。長期的には、米国本土を攻撃する能力を目指しており、技術をどんどん前進させている。
発射のタイミングについては、中国が北京で「一帯一路」の国際会議を開催している最中に行われた。中国は以前に比べ北朝鮮に圧力をかけているようだが、北朝鮮は中国の干渉に反発を示そうとしたのかもしれない。習近平中国国家主席は腹を立てているのではないか。
トランプ米政権の対応をどう予想する。
トランプ氏が述べたように、「すべての選択肢がテーブルの上にある」状態であり、どの選択肢を選ぶか、まだはっきりしていない。もちろん、軍事オプションも視野に入っている。
軍事オプションの一番の問題点は、ソウルの位置だ。ソウルから板門店まで約60㌔しかなく、これは東京都心から横田基地までと同じくらいの距離だ。通常兵器の大砲の射程圏内であり、どういう軍事的シナリオになっても多くの犠牲者が出る。軍事行動を取るかどうかは、極めて難しい判断だ。
ただ、北朝鮮が進める核・ミサイル開発を今止めなければ、もっと大変なことになる。北朝鮮が核をミサイルに搭載できる能力を備えた後で軍事衝突が起きた場合、北朝鮮の核攻撃で韓国、日本、米国の犠牲者は何倍にも増える。
北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させる前に米国は軍事行動に出るか。
軍事行動に出るかどうかは誰にも分からない。トランプ氏自身も分からないと思う。ただ、北朝鮮が既に保有するミサイルは日韓両国に届く。日韓には多くの米軍人、民間人がおり、米国民も既に射程圏内に入っている。ICBMの完成直前まで待つのは望ましくない。
北朝鮮は日本を射程圏内に収めた弾道ミサイルに核を搭載する能力を獲得しただろうか。
日本に届くミサイルは既に持っている。ただ、それに核を搭載できるかどうかは分からない。核弾頭を小型化したかもしれないが、大気圏再突入技術と信管技術が極めて難しい。
これらはまだ完成させていないと思うが、時間がどのくらいかかるかは誰にも分からない。残念ながら、これまでのパターンでは、米国をはじめ各国は北朝鮮の核開発の進展を何度も過小評価してきた。
北朝鮮の核は目の前の脅威であり、一刻の猶予も許されない。北朝鮮は核・ミサイル開発を進める理由について、米国や日本を攻撃するためだと何度もはっきり言っている。中長期的な話ではない。具体的な脅威になった。
韓国新大統領は日韓合意順守を
一方で、トランプ氏は条件が整えば正恩氏と会うと発言したが、対話の可能性は。
それは北朝鮮が条件に従う用意があるかどうかの話だ。北朝鮮は2005年の6カ国協議で核放棄に合意したが、全く順守していない。従って、北朝鮮が核放棄を約束し、さらに国際原子力機関(IAEA)による査察など検証できるようにすることが対話の条件だ。そうした条件がなければ、話し合いの意味がない。今までと同じ時間稼ぎになってしまう。
韓国の新大統領に北朝鮮との対話に前向きな文在寅氏が就任した。
懸念している。対話のための対話では意味がない。逆に危ないことだ。
文大統領は、慰安婦問題に関する日韓合意について「国民が受け入れていない」と述べた。
文大統領が歴史問題を取り上げるなら、それは大間違いだ。日韓協力の妨げになる。歴史問題が重要ではないとは言わないが、今、政治的に議論する意味はない。学者が議論すればいい。日本と韓国は共に存立に関わる脅威に直面しているのだ。
韓国国民が合意を受け入れていないのなら、大統領が国民に説明しなければならない。国民が受け入れないから合意を守らないという態度は無責任だ。合意は不可逆的なものだとはっきり書いてある。合意で歴史問題を乗り越えた日本と韓国は、目の前の脅威に対処しなければならない。
経済制裁で北朝鮮に圧力を掛けられないか。
金正恩体制は国民がどれだけ苦労しようと気にしないため、経済制裁だけでは効果は薄い。だが、中国が石油の輸出を止めたら、厳しい状況になる。石油がなければ、軍が動けなくなるからだ。
そのために、北朝鮮に石油を提供する中国の企業などに対し、日本や米国、欧州諸国がセカンダリー・サンクション(2次的制裁)を講じるのだ。国際金融網にアクセスできなくすることが、中国に一番効く制裁措置だ。
これは効果があるかもしれないが、楽観はできない。中国がそこまで協力しても、正恩氏が核・ミサイル開発を放棄するとは考えられない。それでも、試してみるべきだ。
ただ、中国が厳しい制裁措置を講じたとしても、効くかどうか待っている時間はない。制裁と同時に、軍事的選択肢もテーブルに置いておいたほうがいい。