「核の恫喝」日本に向く恐れ

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

北朝鮮には「禊」を求めよ
対話再開の前提条件に

 2002年1月、ジョージ・W・ブッシュ(当時、米国大統領)が一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮の3カ国を「悪の枢軸」と呼んで以降、北朝鮮は、米国の安全保障政策の文脈では「いつかは手が着けられなければならない課題」であった。

 ブッシュ政権は、イラク戦争を通じてサダム・フセイン体制を倒壊に追い込んだけれども、仮に戦後処理をさほどの支障もなく進めることができていたならば、次の照準がイランや北朝鮮に向けられていたであろう。イラク戦争直後の米国は、他を圧倒する牽制力を持つ「超絶大国」として語られていたのである。

 実際には、イラクの戦後処理は困難を極め、その後始末に精力を尽瘁(じんすい)した結果、北朝鮮情勢に正面から取り組むことができなかったというのが、ブッシュを継いだバラク・H・オバマ(米国前大統領)における対朝「戦略的忍耐」方針の実態であった。

 ドナルド・J・トランプ(米国大統領)が政権を発足させて以降、トランプにとって外交「初舞台」である日米首脳会談の最中、北朝鮮が弾道ミサイル発射の挑発に走ったことは、そうした「宿題」の所在をトランプに対して深く印象付けることになった。そうであるとすれば、「強硬」の2文字をもって評されるトランプ政権の対朝姿勢もまた、21世紀に入って以降の米国の対外政策路線からは決して逸脱してはいない。

 ところで、日本にとって、この件での「最悪事態」とは、「朝鮮半島で火が噴き、日本も火の粉をかぶる」事態を指すのか。それとも、「北朝鮮が核・ミサイル開発を成就させ、絶えず日本が北朝鮮の恫喝(どうかつ)に曝(さら)されるようになる」事態を指すのか。日本の人々は、この点をしっかりと考えておいた方がよろしかろうと思われる。

 一般的には、日本にとっての「最悪事態」は、前者の事態をもって語られるかもしれない。1993年の第1次北朝鮮核危機に際しては、ジミー・カーター(米国元大統領)の電撃訪朝によって危機が収束されたけれども、米朝直接対話を含めて、それに近い展開を期待する向きは確かにある。

 しかしながら、日本の人々は、後者の事態を耐えることができるのであろうか。もし、筆者が金正恩(朝鮮労働党委員長)の軍師役を担うならば、核・ミサイル開発成就の暁には、その「核の恫喝」を米国に対してではなく、まず日本に対して向けることを考える。

 具体的には、「核の恫喝」を背景にして戦時賠償の名目で10兆円を序の口として日本に要求するようなことは、北朝鮮の対応として当然のように考えられるであろう。いったん、経済援助に絡む国際紛争が起これば、北朝鮮が「悪漢国家」と目される限りは、そこで「武力による威嚇」が排除される可能性は低いのではなかろうか。

 そうであるとすれば、日本としては、北朝鮮が「対話の場」に戻ることを単純に歓迎するわけにはいくまい。北朝鮮が「対話の場」に出て来る折には、その前に北朝鮮が「悪漢国家」と見なされるもろもろの条件を一掃するという意味で、確実に「禊(みそぎ)を済ませる」ことが要求されよう。

 具体的には、それが核・ミサイル開発の恒久的な放棄や邦人拉致案件落着を含む人権状況の劇的改善を指すのは、あえて指摘するまでもない。北朝鮮には、たとえて言えば、「汚い身体で物騒なものをぶら提げながら、出て来るな…」と告げられなければならないのである。

 トランプは、「環境が適切なら彼と会ってもいいだろう」と述べ、金正恩との米朝首脳会談に前向きな意向を示したと報じられたけれども、彼の言葉にある「適切な環境」が北朝鮮の「禊」であるのは、日本としても譲れない条件であろう。

 故に、このたびの事態を収束させる方策として、6カ国協議を再開という議論が浮上しているけれども、それに安易に乗らない日本政府の方針は、多分に正しい。6カ国協議を再開するのであれば、それは、以前のように「北朝鮮に核・ミサイル開発を断念させる」趣旨ではなく、「北朝鮮に積年の狼藉(ろうぜき)の落とし前を付けさせる」趣旨のものでなければなるまい。紛れもなく、北朝鮮の「禊」が全ての前提なのである。

 ウィンストン・チャーチルは、第2次世界大戦を避けることができた戦争であるとみた。チャーチルは、第2次世界大戦前夜のミュンヘン会談に際してアドルフ・ヒトラーの増長を抑えるべき時に抑えなかったネヴィル・チェンバレンの対応こそが、戦争を招いたと批判したのである。

 「当座の平和」を求める姿勢こそがかえって戦争を引き寄せるという歴史の逆説において、現下の北朝鮮情勢は果たして例外であると言えるのであろうか。

(さくらだ・じゅん)