北朝鮮、宴の後の「200日戦闘」

宮塚 利雄

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

人民に酷な「経済戦略」

核開発と経済の並進は無理

 中朝国境にいる定点観測者から、「今年も北朝鮮側では大勢の人が隊列を組んで田植えを行っていますよ」という連絡があった。

 農村の機械化を声高に宣言してから30年以上も経つのに、未だに田植えは人力に頼っており、画報『朝鮮』などには田植え機で苗を植えている写真が登場するが、よく見ると田植え機の真ん中にサングラスをかけた男が座って操作し、その両側に女性2人が座って苗床の苗を補充しているのである。つまり、日本の農村で見られるような、1人で操作、田植えを行う自動田植え機ではなく、人間が3人も機械に並んで田植えをしているのである。

 定点観測者によると、いつも見慣れた風景だが、田植え作業に動員された学生や労働者などは「1時間もしないうちに腰が痛くなるだろうに」とのこと。私も幼い頃、今の北朝鮮の農村と同じく機械化されていない時に、この手作業による田植えを経験しているので、作業風景が目に浮かんでくる。

 北朝鮮では田植えの時期になると「水不足」が叫ばれるが、今年はまだその兆候はなさそうだとのこと。私が田植えの時期に恐れていたのは「肥料」のことであったが、北朝鮮は国連による経済制裁が本格化する3月以前に、中国から石油や肥料などを事前に大量に輸入していた、との報告に接していたので、「これで今年も田植えはできそうだ」と安堵していた。

 さて、鳴り物入りで開催された朝鮮労働党の第7回中央大会が終了して、3週間が経過した。金正恩政権は海外から100人以上のマスコミ取材陣を招いておきながら、肝心の会議の様子は取材させず、取材陣には「あなた方は会議の取材ではなく、大会行事の取材に来たのです」と会議場から締め出し、金正恩の登壇など一部分だけを取材させて終わってしまった。

 取材陣は肝心の会議を取材できなかったばかりでなく、1年間で建設されたという未来科学者通りの高層ビルディング街や平壌産院、学校などを案内されたのである。どのマスコミも伝える内容は一様であり、数人の取材者だけで十分に足りる報道内容(映像)であった。唯一、関心を持ったのは途中で追放されたBBC記者の取材行動だけである。

 36年ぶりに開催された労働党中央大会は、一言で言えば「金正恩の独裁を誇示する大会」に過ぎなかった。金正恩は大会で労働党の最高位である「党委員長」に就任し、党規約に「経済建設と核戦力建設を並進させる」との文言を盛り込んだ。金正恩は自ら「責任ある核保有国」として、核拡散防止や非核化に努める方針を表明し、核保有を既成事実化し、国際社会と渡り合う方針を打ち出した。

 が、このような北朝鮮の主張を認めるのが前提となることを国際社会が容易に受け入れることは考えられない。これまでの労働党大会では、経済発展計画が発表されるのが通常であったが、国際社会からの経済制裁の下では数値目標を示すのは困難との見方が多かった。しかし、金正恩は「国家経済発展5カ年戦略」を提示し、人民生活重視の姿勢をアピールした。

 これは「2016~2020年の国家経済発展5カ年戦略を徹底して遂行」し、「人民生活を決定的に向上させること」であり、そのためには企業や農場の裁量権を拡大し、市場経済の要素を一部取り入れて進めている「社会主義企業責任管理制」「ウリシク(われわれ式)経済管理方法」の徹底を求めたものである。

 「経済発展5カ年戦略」は「計画」ではなく「戦略」であることから、数値目標は示されず、あくまでも発展の方向性を示しただけのものである。これまでの党大会ではいくつかの経済計画が立てられたが、どれ一つとして達成できずに終わっている。

 この先の見えない「戦略」を達成するために、「200日戦闘」開始が宣言された。北朝鮮では党大会準備のための「70日戦闘」が終了したばかりで、新たに「200日戦闘」が宣言されたことで、住民の不満は高まるばかりである。さらに、金正恩政権は核開発と経済発展の並進路線を達成するために、新たな住民動員キャンペーン「万里馬速度創造運動」を開始した。

 北朝鮮と言えば「千里馬」であるが、この聞きなれない「万里馬運動」とは、党大会最終日の5月9日に発表された、全人民向けのアピール文で打ち出されたもので、この運動を「全党、全軍、全人民が一心団結の精神力によって全ての難関を飛躍台に変える大衆的運動」と位置付け、「第7回党大会の全ての決定を貫徹し、社会主義完全勝利を全世界に宣言しよう」と呼びかけた。

 北朝鮮国内はスローガンだらけである。北朝鮮の人民はスローガンには慣れているが、1日に千里走るという伝説の馬よりもさらに早く走る「万里馬」運動の展開と聞いただけで、寒気が走っているのではないだろうか。北朝鮮の「運動」と「戦闘」は住民に負担を強いるだけのものである。北朝鮮の住民は「田植え戦闘」、「200日戦闘」、「万里馬運動」の三重苦に苛まれている。(敬称略)

(みやつか・としお)