中国を怒らせた金正恩政権

宮塚 利雄宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

緊迫する中朝国境警備

巨費を核より人民に用いよ

 筆者は3月末に中朝国境調査に行く予定であった。ところが、いつも案内してくれる中国の朝鮮族から「今は来ない方がいい。国境の警備が北朝鮮側だけでなく、中国側もこれまでにないほど異常なほどに厳しい」とのこと。事前に旅行の目的として、「国連の経済制裁の一つとして、北朝鮮からの鉄鉱石や石炭などの一部輸入禁止などの輸入禁止を打ち出しているが、それが実行されているのかその実態を知りたいので、茂山の鉄鉱山とその鉄鉱石の中国側の集積地である南坪の駅を見たい」と伝えておいた。

 筆者は北朝鮮の「水爆実験」以後、国連安全保障理事会による北朝鮮への制裁強化をめぐる論議が本格化する中で、北朝鮮の「後ろ盾」として中国がどのような対応をするのか、20年以上にわたる中朝国境調査の経験から調べてみようと思い、調査に行ってこの目で確かめようとしたのである。

 国連の制裁決議案が出ても、最終的にはロシアと中国の反対で「足踏み」するのが通例で、北朝鮮側は再三の挑発にも中国側が穏健な姿勢を崩さないので、「どんなことをしても中国は北朝鮮側に害を与えるようなことはない」とたかをくくっていた。しかし、これまで一貫して北朝鮮を擁護する姿勢をとってきた中国が、国連安保理があらたに採択した「北朝鮮制裁決議2270」の徹底履行の姿勢を見せるだけでなく、独自の制裁にも踏み込んだのである。

 ここに至り、中国にとって北朝鮮は「血で結ばれた友誼の国」ではなくなったのである。そればかりか、軍隊内における配給量が減少して、中国側に越境した北朝鮮軍兵士による強盗・殺人事件が頻発しており、中朝国境では両国軍による「一触即発」の不測の状況が続いているのである。

 中国は、「2270」決議の制裁対象である北朝鮮船舶31隻(遠洋海運監理会社保有)に対する入港不許可措置を徹底しているほか、北朝鮮を出入りしている船舶の積載貨物についても事実上の全数調査を実施している。さらに、北朝鮮の貿易業者が預けた人民元を平壌の口座に入金する為替業務や、貿易業務に一時的な融資を行う北朝鮮の在中金融機関を相次いで閉鎖し、さらには2万人以上にも達すると言われる在中北朝鮮労働者の違法就労も厳格に取り締まる方針であるという。

 このような中国側の対応に対して金正恩政権は3月2~3日に平壌で開かれた党と朝鮮人民軍の拡大会議で、反米全面対決戦を総決算するため、「全社会を金日成・金正日主義一色にしなければならない」と、全人民の思想闘争を強固にすることを訴えるとともに、一方では中国を「われわれが最も警戒しなければならない国」として名指しで非難しているという。

 北朝鮮側は「中国は覇権意識に染まって社会主義の原則を捨て、血盟(同盟)国であるわが国に核開発を禁じる圧力を加えている」と糾弾し、「中国の思い通りにならないという断固たる意志を見せつけるために、元帥(金正恩)の指示で水爆実験を行い」、金正恩も「中国に譲歩するな」と側近に指示したという。

 さらに、北朝鮮の朝鮮労働党が国連安全保障理事会の対北制裁決議に賛同した中国への対抗方針を指示したとされる文書を『産経新聞』が入手している。この文書は「全ての党員と勤労者は、社会主義に背く中国の圧迫策動を核爆風の威力で断固打ち砕こう」と題した内容で、「中国が国連制裁の美名の下、覇権的地位が揺るがぬよう、われわれへの制裁に本気で賛同している」と述べ、そして「中国に毛の先ほどの幻想も抱くな」とする金正日総書記の遺訓を持ち出したという。

 北朝鮮の中国への不信感はすでに金日成時代からあったが、今回の中国による対北朝鮮制裁の実行は金正恩政権には、まさに、かつての盟友による「対北朝鮮敵視策動」による裏切りと言わざるを得ないほどに、金正恩政権に与える影響は大きく、核ミサイル開発に支障を来すことを意味しており、北朝鮮経済が先行き厳しい現実に立たされることになったのである。

 それでも金正恩政権は、今年の5月7日に開催が予想されている36年ぶりとなる「第7回党中央大会」を成功させなければならないが、このままでは「人民生活の向上と強盛国家の建設に大飛躍を起こそう」というキャンペーンは実現できないばかりか、金正恩政権にとっては「第7回党中央大会」が大きな重荷になってきている。党大会に向けて全人民を巻き込んだ「70日戦闘」(総動員運動)は人民に疲労を与えるだけであり、この70日戦闘と前後して例年恒例の「モネギチョントゥ(田植え戦闘)」が待っている。

 金正恩は党大会の成功を演出させるために、5回目の核実験を強行する可能性も否定できない、と言われているが、北朝鮮の人民は誰一人として核ミサイル実験を歓迎はしていない。空と地中に霧散した巨額の資金があったら、「食べる問題」を解決しろと叫んでいるのである。中朝国境からの報告に、北朝鮮による度重なる核ミサイル実験は、「金正恩政権の自らの消耗(崩壊)への一歩」と,みなして歓迎している国もあるという。

(敬称略)

(みやつか・としお)