「人口減の脅威」を再論する
国内市場狭小化の恐れ
現況は不安の時代の始まり
日本は今日、まぎれもなく史上初めての「飽食の時代」のさなかにある。例えば、テレビやラジオ。本番とCMを含めて早朝から深夜まで飲食物がらみの放映・放送が実に多い。中には、各地の名産品をスタジオへ持ち込んで放送・放映担当者が“珍味”と称し、飲食して見せつつ「おいしい」と視聴者にいってみせる、CMだか本番だか判別しかねる紛らわしい事例も珍しくはない。
飽食はまた、大衆人気を呼ぶスポーツ界や芸能界にも好影響を及ぼしている。活躍の目立つ有能スポーツ選手や人気度の高い芸能人にとって、今日ほど高収入を得ることのできる時代は、かつてなかったことだろう。
それはそれでいい。至って結構なことである。だが、その半面、国民経済の先行きを脅かす極めて厄介かつ対応の容易でない現象がじりじりと進行中であることも、厳然たる事実で、対応策が後手に回ったり適切さを欠いたりするなら、国の経済が大きな困難に陥るであろう心配を直視したい。
人口減は、国の経済を担う現役の働き手の減少に直結する。必然的にそれは国内総需要の伸び悩みをもたらすに違いない。しかも、他方では高齢者の数が差し当たりは逆に増加基調で推移する公算がすこぶる大きい。かつ、高齢者数が多ければ、その介護に要する人手が増え、結果として、財貨の生産部門で活躍する人口数はさらなる減少を免れにくいことになろう。とはいえ、高齢者もまた当然ながら消費の重要な担い手で、一方的な厄介者扱いは誤りではある。
それはともかく、人口減が引き起こす国民経済成長に対しての阻害圧力という悪影響が、少しずつながら表面化しつつある現実を軽視するのは大変な怠慢で、このままでは悔いを後世に残すことになるだろうこと、間違いない。以前この問題を本欄で取り上げた当時の指摘と重複する部分が少なからずあることを承知の上でいえば、この国の人口が減少時代に入ったことは、同時に、この国の経済が衰退期に移行する恐れのあることを暗示する。このままで事態が進行するなら、国民経済は全体として遠からずジリ貧状態に移り、しかも所得格差は拡大するに違いなかろう。
今日すでに社会の不安定度の高まりを示唆する事故や事件が増加し始めているかに見受けられることは、スポーツ界や芸能界が順調に過ぎるほどの客集めに成功している半面で、自らの置かれている環境に不満や“いらいら”を禁じ得ない人たちもまた外部からはそれと分かりにくくはあるものの増加しつつあることを、推測させる。疑いもなく“不安の時代”にこの国が入り始めている現況を間接的ながら推測させる事故や事件が現に少なくはない。
前にこの問題を取り上げた契機は、小児科や産科のある病院数が減り始めているとの報を耳にしてのことだった。だが、その後に入った情報では、雑誌や書籍の発行部数もかなり大きく落ち込んでいるし、場所によってはのことだが娯楽事業のパチンコ部門も客の入りが減ってきているとのこと。スポーツ見物や観劇の賑わい(これらの分野もすべてがそうだというほどではあるまいが)とは、対照的ではないだろうか。
他の諸条件が同じと仮定すれば、国の人口が減少していくことは、国内市場そのものの縮小に直結する。消費財市場の狭小化を招くことになる。国の経済は、昭和36年度から当時の池田勇人政権がそれこそ鳴り物入りで果敢に推進した「高度経済成長政策」とは対照的に、活力を失っていく心配が大きい。池田勇人から佐藤栄作政権にかけての約10年間に、日本のGDP(国内総生産)は2倍を超えた。国民一人当たりでは世界ランキングはまださほどではなかったものの、GDP総額では米国に次いで世界第2位、国民の少なからぬ人々が日本経済の先行きに希望を抱いた。それとは反対の方向に日本の経済社会は動き始めているのではないか。
今年平成28年の成人の日の該当者が約130万人に過ぎなかったことは、この国の人口減を端的に語りかけるのと併せて、国民経済の発展に重大な阻害要因が近づいていることを、明らかに示唆している。現状のまま推移するなら(海外情勢が好転すれば状況は変わろうが)国内市場は日用消費財(食品、飲料、衣類など)市場は縮小必至、立地条件のよくない地域を中心に消費財関係の事業は、製造と販売部門を通じて、整理、脱落するものが増えよう。当然、住宅事情も変化の圏外にはあり得まい。この部門でも、商品としての信頼度のほか立地条件のいかんが重要で、また、空き室の多いマンションは治安上も共益費の確保にも厄介なことになる懸念なしとしない。
「一億総活躍社会」の実現を、政府は唱えている。が、厄介な欠点もある。母親による子育ての機会が結果として減ることになれば、かえって人口減を加速することになりかねまい。
筆者の見聞した限りでは、政府は人口減少がもたらす困難を国民に対し率直に語っていない。大変な怠慢だろう。
(おぜき・みちのぶ)