「物言えば唇寒し」の北朝鮮

宮塚 利雄山梨学院大学教授 宮塚 利雄

刑法にない「ポルノ」処刑
国家の体を成しておらず

 朝鮮語に「アルダガド モルヌン」(分かったようで分からない)という言葉があるが、最近、マスコミで伝えられた北朝鮮情報に接して、北朝鮮がはたして「国家としての体を成している」のか、まさに理解に苦しむ、分かったようで分からない国に見えてきた。

 と言うのも、「朝日新聞」(9月21日付)が報じた「9人処刑 正恩夫人の醜聞隠し」というタイトルの記事だ。タイトルからして尋常ではない。すでに存じている方もいるだろうが、記事を紹介すると、「北朝鮮で8月、金正恩第1書記の夫人、李雪主氏の不祥事が持ち上がり、事実を隠蔽するために関係者の公開処刑が行われた。李氏がかつて在籍した銀河水管弦楽団は解散したという。……8月17日に9人を逮捕した後、裁判にかけずに3日後の20日、平壌市の外れにある姜健軍官学校の練兵場で、軍や党の高位幹部や楽団関係者が立ち会うなか、9人を銃殺した」という。

 事の発端は、銀河水管弦楽団と旺載山芸術団の団員9人が、自らが出演するポルノを制作し、警察にあたる人民保安部が9人の会話を盗聴し、「李雪主も昔は、自分たちと同じように遊んでいた」という会話を傍受したというのである。

 北朝鮮の事情を多少でも知っている者ならば、北朝鮮では「見ざる、聞かざる、言わざる」ではなく、「見ても、聞いてもいい。しかし話してはならない」が鉄則であり、「物言えば唇寒し」は、北朝鮮の人民は身をもって体験している。それがよりによって、故金正日総書記の指示で作られた二つの楽団の団員たちは、まさか自分たちの電話での会話が盗聴されているとは思わなかったのだろうか。

 彼らは北朝鮮社会では特権階級の人間であり、それだけに特別な監視対象者でもある。迂闊と言えばそれまでであるが、密告やタレこみが横行する北朝鮮社会では、自らの身を守るためには電話での会話といえども安易に話してはならないのである。ましてや、国家のファーストレディーの醜聞ともなれば、それこそ口が裂けても言ってはならないだろう。

 外国に行って来た人が外国で見聞したことを、周囲の人に得意げに話して、それを公安に密告されて連行され、その後その人物を見た人がいなくなったり、開城工団地で韓国企業で働いていた女性労働者が、昼食に白米のご飯に5品以上おかずが出ることや、おやつにチョコパイやラーメン、それにお湯の出るシャワーなど、韓国が北朝鮮よりも豊かであることなどを周囲に話したら、ある日、それこそ「ネズミも鳥も知らぬ間に姿を消す」社会である。

 しかし、それにしてもなぜ公開処刑なのか。北朝鮮の刑法には「死刑」の規定はあるものの、「公開処刑」についての記述はない。ただ、刑法「第1章 刑法の基本」の(刑罰適用の原則)第7条に、「国家は、犯罪の重大さの程度と犯罪者の改悛の情を考慮し、それに該当する刑罰を適用するようにする」とあるが、「ポルノ制作」だけで軍や党の高位幹部をわざわざ立ち会わせてまで公開処刑をする理由があるのだろうか。

 同じく刑法「第6章 社会主義文化を侵害した犯罪」(退廃的な行為を行った罪)の第194条に、「退廃的かつ色情的で猥雑な内容を含んだ音楽、舞踏、絵画、写真、図書、録画物及びCD-RОМのような記憶媒体を数回観賞したり、持ったり、そのような行為を行った者は、2年以下の労働鍛錬刑に処する。情状が重い場合には、5年以下の労働教化刑に処する」とある。労働教化刑には「無期労働教化刑」と「有期労働教化刑」があるが、「犯罪者を教化所に収容し、労働をさせる方法により執行する」刑であり、労働鍛錬刑は「犯罪者を一定の場所に送り、労働をさせる方法により執行する」刑である。

 これらの刑罰から判断する限りでは、「ポルノ制作で銃殺」はありえない。かつて金正日総書記時代に繰り広げられた、「喜び組」による酒宴は犯罪ではなかったのか。ファーストレディーの不祥事を隠蔽するために、公開処刑にするとは尋常な国家の行うことではないし、それを指示した金正恩も尋常ならざることを証明したようなものである。

 中朝国境調査の時、中国側の高台から北朝鮮側を見下ろしていると、案内人が「川の向こう側では見せしめのために、大勢の住民を集めて公開銃殺が行われている」と、処刑の行われた河川敷を指さしながら話してくれたことがある。今回の公開銃殺が事実とすれば、「マスコミよりも口コミ」社会であるので、人民に知れ渡るのは時間の問題である。人民は金正恩政権に失望するばかりでなく、改めて自国が「恐怖政治体制」の国家であることを思い知り、「物言えば唇寒し」をあらためて実感するであろう。

 そればかりか、9月25日から実施されるはずだった「南北離散家族の再会」を、北朝鮮側は同21日に突然延期すると発表し、韓国側の離散家族を落胆させ、再会の時期は見通せないという。このように今回、金正恩政権にまつわる一連の情報に接していると、はたしてこの政権が率いる国家は、尋常な国家の体を成しているか疑問に思えてくる。

(みやつか・としお)