張成沢派の粛清続く北朝鮮
狡兎死して走狗煮らる
人材喪失連鎖する独裁政治
昨年12月8日に、北朝鮮は張成沢国防委員会副委員長を「不正腐敗と不適切な女性関係、麻薬・賭博を行った」と断罪し、さらには「反党・反革命・国家転覆」を謀ったとして全役職の解任と党除名を決定し、労働党中央委員会政治局拡大会議の議場から引きずり出されていく張成沢の姿を朝鮮中央テレビは伝えた。
張成沢と言えば北朝鮮の実質的なナンバー・ツーと言われた実力者で、何よりも金正恩第一書記にとっては叔父にあたる人物で、北朝鮮ウオッチャーの誰もが想像していなかったのではないか。さらに4日後の12日には「張成沢の起訴された犯行は100%立証され、被告は全面的に認めた」として死刑判決を下し、即日執行という電光石火の早業であった。
私は初めに張成沢失脚の情報に接した時、これは金正恩と張成沢の仕組んだ芝居ではないかと思った。政権を担当してから2年も経つのに、これといった成果を上げていない金正恩体制に業を煮やした策士の張成沢が「三国志」の黄蓋よろしく、金正恩に「苦肉の策」を進言し、それを実行したものとばかり思っていた。
しかし、この考えは甘かった。独裁国家にはナンバー・ツーなどという存在はありえないことであり、しかも飛ぶ鳥を落とす勢いであった張成沢をもってしても、北朝鮮の刑法の定めによれば「反党・反国家・国家転覆罪」では死罪を免れることはできない。
もっとも、北朝鮮では死刑執行は様々な名目で日常茶飯事に行われており、「『鉄道秩序の違反者は銃殺!』『食糧窃盗者は銃殺!』『電気浪費者は銃殺!』『軍通信線の遮断者は銃殺!』『国家財産の窃盗者は銃殺!』『外国文化の伝播(でんぱ)者は銃殺!』『流言飛語を広めた者は銃殺!』…あたかも我々の日常生活は全て銃殺に値する犯罪だといっているようだった」(張真晟著「金王朝『御用詩人』の告白」文藝春秋社)とあるように、死刑は珍しいことではない。
問題は死刑の方法である。張成沢は自動小銃で90発以上撃たれ、飛び散った肉片などは火炎放射器で焼かれたという(数百発撃たれたとか、飢えた数十匹の猛犬にかみ殺させたなどとも伝えられている)。公開処刑は張成沢一派の幹部連中にも及んでおり、その数は数十名に達しており、銃殺などの処刑を逃れた人たちが日本海側から小舟に乗って逃亡を図ったが、小舟だけが北陸や山陰の海岸に漂着したのでは、と言う専門家もいたが、これは説得力がない。
公開処刑では自動小銃で数十発を撃つことは珍しいことではないようで、前掲書の著者は「私は瞬間、髪が逆立った。米一俵くすねた罪で銃弾を浴びて死んだ罪人の、その職業が農民だったとは!」と絶句したというが、この「国家財産の窃盗者」の中には、「協同農場の牛舎から牛を一頭盗み出し、仲間と屠殺(とさつ)して食べて、『もうたらふく食ったから、死んでもいい』と冗談で言ったら、その後密告されて本当に公開処刑された農民がいた」という。この話は中朝国境調査で聞いたことがある。彼は「牛を盗んだ農民も悪いが、人民をまともに食べさせることが出来ない金王朝がもっと悪い」と悔しがった。
金正恩による「張一派の粛清」は執拗(しつよう)に行われており、北朝鮮の北東部にある経済特区の羅先市には、過去最大規模と言われる調査団を派遣し、「羅先国際旅行社」の女性社長が、張成沢の愛人だったとの理由で拘束されたという。金正恩は「根っこだけでなく、根っこについた土までたたき出せ」と指示したというが、執念深い。
金正恩は張成沢を「跡形もなく片付け」、しかも1月1日の「新年の辞」では、「党内の汚物を除去し、これによって強盛国家建設の実現に弾みがついた」というようなことを述べたが、果たしてそうであろうか。確かに張成沢については「金のなる木、金の生える草は全部、張が持って行く」と言われ、外貨獲得手段である無煙炭や鉄鉱石、金などの利権を握る54局を牛耳るようになった。
中朝国境貿易に携わる筆者の定点観測者も、「国境貿易に張とその一派が口出しをするようになり、商売がやりづらくなった」と言っていた。張成沢は軍がかつて握っていた中国との貿易利権を奪い取ったが、軍の進言を受け入れた金正恩の「消してしまえ」の一言で、「跡形もなく消されてしまった」。が、問題はこれからである。表題の「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)煮らる」には、「蜚鳥(ひちょう)尽きて良弓蔵(ぞう)せらる」という続きがある(反対に読むこともあるが)。これは「飛んでいる鳥を射尽くしてしまうと良い弓も蔵にしまわれ、獲物であるすばしっこい兎が死んでしまうと猟犬は用が無くなり、煮て食べられる」という意味である。
今回の一連の金正恩政権による、張成沢一派への無残で無慈悲で無用な殺略による粛清作業は、優秀な人材の無差別殺人、殺略以外の何ものでもなく、「北朝鮮の優秀な人材を徒(いたずら)に消すことにほかならず」、これはそのまま3代続いた金王朝の終焉(しゅうえん)を告げる始まりでもある。(敬称略)
(みやつか・としお)