歴史の重圧と戦うポーランド
収容所の表現、法で規制
ユダヤ人虐殺の共同責任否定
「ポーランドの強制収容所」という言語表現は、「ポーランドにある」という意味と、多くのポーランド人にとって耐え難い「ポーランドが実行した」という二つの解釈が可能である。第二の表現はユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)に対するポーランドの共同責任を示唆していると見なされているからだ。従って、ポーランドの現右派保守政権「法と正義(PiS)党」の提起に基づき、ポーランド議会の下院と上院は、「ポーランドの名声を保護する法律」を決議した。法律は、ポーランド人であれ、あるいは外国人であれ、「ポーランドの強制収容所」という言語表現を用いる者は、罰金刑あるいは3年以下の自由刑に処せられるとしている。その目的はナチス・ドイツの占領下で行われたユダヤ人のホロコーストに対するポーランドの共同責任の否定・排除である。以下、前記の法案をめぐる諸問題について検討したい。
「ポーランドの強制・虐殺収容所」。この争いのある言い回しは、ナチス・ドイツ第三帝国によって第2次世界大戦中(1940~45年)に占領されたポーランドに設置され、かつ運用された強制・虐殺収容所を意味する。2018年1月26日にポーランド下院で決議された法案は、まさに前記の表示行為を3年以下の自由刑をもって禁止したのである。
アマンダ・ボルシェルダン女史は、タイムズ・オブ・イスラエル紙の中で、この概念が1956年、第2次世界大戦中におけるドイツの犯罪行為をドイツからポーランドに転換する目的で、アルフレド・ベンチンガー指揮下の西ドイツ情報局によって作成されたと主張した。この主張の裏付けは依然として不十分である。
ドイツ歴史家協会(VHD)は、「ポーランドの強制収容所」のごとき言語表現は「ナチス犯罪への責任の全く違った観念を示唆するひどい言葉」と判定している。
アメリカ合衆国の新聞やニュース産業で利用されている記事執筆スタイルと用語法のガイドブックである「APスタイルブック」は、犯罪の行為者と場所を混乱させる「ポーランドの死の強制収容所」のごとき概念を回避し、それに代わってより正確に「ナチスに占領されたポーランドにおける死の収容所」とすることを勧めている。
2004年以来、ポーランド外務省は、「ポーランドの収容所」のごとき表現への対立キャンペーンを続け、ポーランド大使館と領事館のある諸国で、「占領されたポーランドにおけるナチス・ドイツの強制・虐殺収容所」のごとき表現を行わせるよう指示している。
ドイツ連邦政治教育センター(bpb)は10年、「ドイツにおけるユダヤ人の生活」の中で、「ポーランドの強制収容所」の表現が発見され、ポーランド側の異議申し立ての結果、80万部全部を市場から回収した。
06年、ポーランド政府はアウシュビッツのドイツ的性格に関する誤解を排除する目的でユネスコ世界遺産委員会に「強制収容所記念館アウシュビッツ・ビルケナウ」の登録名称変更を申請した。この申請はイスラエル側の支援も受け、07年6月27日、「アウシュビッツ・ビルケナウ ナチス・ドイツの強制・虐殺収容所(1940~1945)」と変更された。
16年、ポーランド政府とイスラエル政府は、その共同宣言で、歴史の改竄(かいざん)と「ポーランドの収容所」に対応することを約した。
ポーランドの強制・虐殺収容所修正法案は、「ドイツ第三帝国によって犯された犯罪に対する責任あるいは共同責任を公然と事実に反してポーランド国民あるいはポーランド国家に帰する者は、罰金あるいは3年以下の自由刑に処せられる。同様のことは、人道に対する犯罪、平和に対する犯罪ならびに戦争犯罪にも該当する」としている。
同様の禁止対象は「ポーランドの強制収容所」である。なぜなら、この言語表現はポーランドの威信を穢(けが)すと見なされるからだ。しかし、この規定は学問的あるいは芸術的活動には適用されない。若干の識者は、この法律にポーランドの歴史の洗浄を目的とする歴史修正主義というレッテルを貼ろうとしている。下院に続き、18年1月31日、上院もこの法案を追認し、大統領が法案に署名し、現在に至る。
第2次世界大戦以前のポーランドでは335万人のユダヤ人が世界最大のユダヤ共同体を構成していた。その内の90%がドイツの占領下にナチス・ドイツによって殺戮(さつりく)された。カトリック的ポーランドに存在していた反ユダヤ主義は、ごく一部のポーランド人が自らの反ドイツ感情にもかかわらず、ユダヤ人殺戮に参加する方向をとった。他のポーランド人は、ユダヤ人の命を救うため自らのみならず、その家族も危険にさらす行動をとった。生き残った18万人から24万人のユダヤ人の大部分はイスラエルに移住した。なおポーランドでは第2次世界大戦中に600万人のポーランド人が殺され、しかもその半分の300万人がユダヤ系ポーランド人であった。
歴史的事実の発見を求める学者の研究活動を制限しないポーランドの立法の可能性についてポーランドとイスラエル間の相互協力が望まれる。
(こばやし・ひろあき)