英労働党の反ユダヤ騒動
政治姿勢変える党指導部
ユダヤ富豪ら失望し次々離党
3月26日、英国会議事堂前に1500人ものユダヤ人が集結。ヘブライ語で「もうたくさんだ」と記したプラカードを掲げ、党首コービンと労働党指導部の反ユダヤ的体質に抗議の気勢を上げたのだ。事の起こりは東ロンドンの旧ユダヤ人集住地区に描かれた反ユダヤ的壁画の除去問題だった。表現の自由を論拠にコービンが異議を唱えていた事実がデモの数日前に発覚したからだ。壁画はやせ細った貧者の背中の上に乗せられた卓上遊戯盤でユダヤ人銀行家たちがモノポリーゲームに興じているという画題で「搾取者としての否定的ユダヤ人像」に他ならなかった。
4月2日、事態はさらに悪化した。ユダヤ教徒にとっては抑圧からの解放を祝う聖なる祭り、「過ぎ越しの祭り」を茶化すためのばか騒ぎにコービンが参加したからであった。主催したのはイスラエルを「処理せねばならぬ沸き立つ大量の汚水」と批判する極左集団であった。
時を同じくして暴露されたのが、反ユダヤ陰謀論にまみれたネット集団にコービンが長年所属していた事実だった。この集団は欧州連合(EU)離脱をめぐっての英国民投票後、党首コービンへの不信任を表明した労働党議員団を操っていたのは「地球の真の支配者、ユダヤ財閥ロスチャイルド家だった」という虚報を発信したことで悪名を馳せていた。
非難の矛先はコービンの盟友シャークロフトにも及んだ。彼女はホロコースト否定論者にくみする発言を行ったという理由で党役員辞任に追い込まれたのだ。ちなみにホロコーストを否定する発言は欧州主要国では刑法で処罰される違法行為とされていることが少なくないのである。
ユダヤ人団体側の抗議に応えたコービンの返答は火に油を注ぐ結果となった。「労働党内の反ユダヤ主義はたくさんあるリンゴの中の数少ない腐ったリンゴのようなもの」と発言したからだ。自身の責任についての謝罪は全くなく、当事者意識の欠如を露呈する返答だったと言えよう。若い頃から筋金入りの極左だったコービンの世界観は反資本主義と反帝国主義に貫かれたものだった。状況証拠から推測すれば、彼の目にはユダヤ人は資本主義のエスニック・シンボルと映じていたと言わざるを得ない。同様にシオニズムも帝国主義の最新の発展形態と映じていたようだ。ユダヤ人側は彼がこのような世界観の持ち主であり、反ユダヤ主義に傾斜している点を何よりも問題視しているわけだ。
顧みれば歴代労働党党首ゲイツケル、ウィルソン、ブレア、ブラウン、ミリバンドはユダヤ人社会との歴史的絆を大切にする人々だった。彼らは中東和平協定を支持しながら同時にユダヤ人社会が抱える不安にも耳を傾け、ユダヤ人国家の必要性を理解する人々であった。しかしこの絆は2015年、党内最左翼のコービンが新党首となったことで無残にも断ち切られつつあるのだ。コービン率いる党左派は労働党指導部の政治スタンスを反シオニズム・反ユダヤ主義黙認へと変えようとしているようだ。
実は16年にもコービンの盟友たちが「反ユダヤ発言」の故に、党右派・中道派の圧力により党員資格停止処分に追い込まれる騒動があったのだが、今春はさらに事態は深刻化しているようだ。党員に対する最新の世論調査は今春の反ユダヤ騒動を「重大な問題」と見なす者が66%に達していることを明らかにしている。何よりも過去3カ月間で1万7000人以上の党員が党籍を離脱している点は深刻だ。その中には党を資金面で支えてきたユダヤ大富豪も含まれている。
最大の個人献金者の一人、150万ポンドを献金してきた不動産開発業者デービッド・ガラードは「自分が支持してきた労働党はもはや存在しない」と述べ、離党を宣言した。60万ポンド以上の献金をしてきた同業のデービッド・エイブラハムズも「コービンがユダヤ人社会と党の懸け橋を壊してしまった」と非難し絶縁を宣言した。合衆国と同様、英国でもユダヤ人社会は二大政党にとり最大の政治資金源であるため、大富豪たちの離党は次の選挙において労働党にとり逆風となることは間違いないだろう。
本稿を締めくくるに当たり、今から82年前の事件について言及しておこう。それは英史上名高い「ケーブル街の争乱」という都市騒擾であった。東ロンドンのユダヤ人地区へ挑発的な示威行進を試みる極右、黒シャツ団を阻止すべく、ユダヤ住民と左翼の連合勢力が街路にバリケードを築き大乱闘を展開し、ついには黒シャツ団に行進を断念させた事件だった。
この時、左翼勢力の一員としてユダヤ住民を助けたのが若き日のコービンの母親だった。彼女も息子同様、筋金入りの左翼だったのだ。今日とは立場を異にして、当時は左翼こそユダヤ人の味方だったのだ。亡き母の同志だったユダヤ人の子や孫たちが、極右に対してではなく自分に抗議する姿を目撃して、果たしてコービンはどのように感じているのだろうか。英政界における合従連衡の変化の大きさには改めて驚きを禁じ得ないのである。(敬称略)
(さとう・ただゆき)